- 農業ビジネスに潜む損害賠償リスクについて、大場弁護士が事例を交えて解説します。
1 生産物管理に関する事故
農業者の生産物管理に関する事故としては、例えば、異物混入・コンタミが挙げられます。
農業者賠償責任保険の保険金支払実績をみると、「出荷物コンタミ・異物混入」による保険事故は、発生率は低いものの、賠償額自体は他の原因に比し圧倒的に大きいことがわかります(共栄火災「農業者賠償責任保険の保険金支払実績」より)。

また、食品を扱う以上その安全性の確保は最も重要であり、万一、食中毒事故等が発生した場合は、消費者をはじめ多くの関係者に多大な損害を生じさせかねません。
特に六次産業化に伴い食品加工や飲食などを行う場合には、そのリスクも十分に認識しておかなければならないでしょう。
近年の食品事故の多くは、一般衛生管理への対応が不十分であることに起因して発生しているとされており、2012年には白菜の浅漬け製品について殺菌工程の不備によりO157を原因とする死亡事故が発生し問題となりました。
この事故では、食中毒事故を発生させた業者自身の倒産だけでなく、全国的に白菜や漬物が売れなくなり、業界全体や原料供給者にまで多大な悪影響を与えたとされています(農林水産省近畿農政局食品企業課「HACCPとは〜HACCPをとりまく状況について」より)。

このように、生産物管理に問題があり、不備のある生産品を市場に流通させてしまうと、多額の損害賠償責任を負うことがあります。
以下では、生産物管理に伴う損害賠償責任について説明します。
2 契約上の責任、民法上の不法行為責任、製造物責任法上の責任
3種類の損害賠償責任
生産物管理に関する事故によって生産者、製造者が負う損害賠償責任としては、主に次の3種類の責任があります。
① 契約上の責任(以下「契約責任」)
② 民法上の不法行為責任(以下「不法行為責任」)
③ 製造物責任法上の責任(以下「製造物責任」)
それぞれの損害賠償責任の違い
これら3つの責任は、大きく分けて、次の2点に違いがあります。
誰に対して負う責任か
まず、契約責任は契約の相手方に対して負う責任です。
農協、流通業者、小売業者へ商品を供給している場合、原則として、その取引先との関係でのみ責任が発生します。
これに対し、不法行為責任と製造物責任は、直接の取引先のみならず、それより川下の流通業者や小売業者、さらにはエンドユーザーとの間でも発生します。
生産者の落ち度(過失)がなくても負う責任か
契約責任と不法行為責任は、原則として、生産者の落ち度(過失)があるときに発生します(但し、一部例外あり)。
これに対し、製造物責任は、生産者に落ち度がない場合にも発生します。このような意味では、製造物責任は、他のふたつの責任に比して、生産者側に厳しい内容の責任であるということができます。
3 どのような生産物について製造物責任を負うのか
「製造物」責任と言うくらいですから、その責任は「製造」した物についてのみ生じます。
そして、一般的には、収穫した野菜等それ自体は、自然の力を利用して生産されたものであり、人為的な製造・加工がなされたものではないから、「製造物」には当たらないといわれてきました。
しかしながら、肥料や飼料の投与、農薬散布、温度管理、収穫後の冷蔵、冷凍保管、添加物・保存剤の投与といった人為的な処理がなされている場合には、自然産品であっても「製造物」に当たるとされる可能性もあります。
さらに、いわゆる植物工場での生産品は、露地野菜に比べ、「製造物」に当たるとされる可能性は高いと考えられます。
また、カット野菜や漬物などの加工品は「製造物」に該当することになります。このように、加工まで手掛ける場合はもちろん、一次産品の生産だけをしている場合でも、製造物責任を無視することはできないといえます。
4 注意点
繰り返しになりますが、特に理解していただきたい点は、製造物責任は自分に落ち度(過失)がなくても発生する、ということです。
例えば、隣地の農家が散布した農薬のドリフトにより、自己の生産品が農薬の基準値を超え、これにより流通業者、小売業者、消費者等に損害が発生した場合でも、その生産物(製造物)を出荷した農家自身に損害賠償責任が生じる可能性があるのです。
これは農薬ドリフトに限らず、出荷した生産物(製造物)に問題があれば、「自分は悪くない」場合でも損害賠償責任を負う「かもしれない」のです。
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