- 農業ビジネスに潜む損害賠償リスクについて、大場弁護士が事例を交えて解説します。
今回は、農業とは直接的には関係しない事例を含めて、そんなことでも損害賠償責任を負うことがあるんだな、という、ちょっとかわった損害賠償事例をご紹介します。
1 施設などの管理責任
建物や施設などの所有者は、当たり前ですが、その施設の管理責任を負っています。
例えば、
✔ 強風にあおられてハウスの破片が飛んでいき歩行者がケガをした
✔ 立て掛けていた農機具が倒れて隣人がケガをした
✔ 直売所の看板が落下してお客さんがケガをした
というようなケースで、その施設に欠陥があったという場合に、その施設の所有者が損害賠償責任を負うことについては、常識的にイメージしやすいと思います。
これと同じように、敷地内の木についても、その土地の所有者が管理責任を負っています。
実際に、木の枯れ枝が落下して他人がケガをした事例で、その木の所有者(=敷地所有者)に損害賠償責任が認められた事例があります。これは、庭木などのように人工的に植樹した木だけではなく、天然木であっても同じであるとされています。
さすがに裏山の天然木1本1本を管理することは不可能ですが、観光農園や、道路に面した場所など、人が通ることが想定されている場所などは、植樹した木のみならず、自生している天然木の管理についても注意が必要です。
2 動物/家畜の管理責任
家畜の飼育者や動物の所有者がその動物の管理責任を負うことも、常識的にイメージしやすいと思いますが、こんな場合でも責任を負うことがあるんだな、という、ちょっとかわった事例をご紹介します。
まず、いわゆる奈良の鹿、奈良公園に定住している鹿が近隣農家の畑を荒らした農業被害について、奈良公園の管理者である春日大社がその鹿の所有者であるとして、春日大社に損害賠償責任が認められたという事例があります。
奈良の鹿は、特段、春日大社が飼育しているものではなく、放し飼いされており、奈良公園一帯に生息しているものですが、他の野生動物とは異なるということで春日大社が鹿の所有者であると認定され、損害賠償責任が認められたという、ちょっとかわった事例です。
次に、飼い主の手を離れて走り出した小型犬が、自転車に乗っていた女の子の方に近づいて行ったところ、驚いた女の子が道路わきの川に転落して片目を失明してしまったという事案で、犬の所有者に損害賠償責任が認められた事例があります。
特に犬が女の子に噛みついたとか吠えたということではなく、犬嫌いの女の子が犬を避けようとして自転車の操縦を誤ったということのようですが、それでも犬の所有者に責任が認められた、という、ちょっとかわった事例です。
3 地下水のくみ上げ
一般に土地の所有者はその所有地内に井戸を設けて地下水を採取することが認められています。しかし、水脈を同じくする地下水は、近隣土地所有者が共同で利用しているものですので、地下水を採取する権利があるからといっても、無制限にこれが認められるわけではありません。
実際、地下水の採取が違法行為であるとして損害賠償責任が認められた事例があります。
先祖代々、井戸から地下水をくみ上げて菖蒲園を経営していたXさんの隣地で、あらたにYさんが動力ポンプを使って大量の地下水を採取しはじめた結果、Xさんの井戸が枯れてしまい菖蒲園を閉鎖せざるを得なくなったということで、Yさんに損害賠償責任が認められたという事例があります。
特に地下水を農業用水として利用する場合、地下水の状況確認等を行いながら持続可能な地下水利用を行うよう留意されているものと思いますが、極端な地下水採取は、自らの地下水利用に支障を生じさせるだけでなく、隣家に対して損害賠償責任を負う可能性もありますので、ご注意ください。
4 集合物譲渡担保(ABL)対象の家畜の処分
畜産業の場合、金融機関からの借入れに際して飼育中の家畜を担保(集合物譲渡担保 いわゆるABL)に供することが多いと思われます。
このABLの設定された家畜の処分に関して損害賠償責任が発生したという珍しい事例をご紹介します(事案は簡略化しています)。
飼料メーカーXが、養豚業者Yに対する売掛金を担保するため、養豚業者YのA養豚場で飼育されている豚(種豚及び肉豚)に担保(ABL)を設定しました。また、別の飼料メーカーZも養豚業者Yに対する売掛金を担保するため、養豚業者YのB養豚場で飼育されている豚(種豚及び肉豚)に担保(ABL)を設定しました。
このような担保が設定された場合、養豚業者Yは、それぞれの養豚場において、種豚に子豚を産ませ出荷適齢まで肉豚として飼育してこれを出荷し、種豚の廃用時期に至った場合には、順次あたらしい種豚を搬入補充していき、養豚を繰り返し継続していかなければいけません。
ところで、養豚業者Yは、B養豚場で飼育した豚を種豚としてA養豚場に搬入し、A養豚場ではB養豚場から搬入した種豚に子豚を産ませて肉豚を飼育し出荷をしていました。
このような事実関係の下、裁判所は、
・B養豚場で飼育した種豚はB養豚場の豚に担保を設定したZの所有する豚である。
・これがA養豚場に搬入されても、その種豚はXではなくZの所有のままである。
・Z所有の種豚がA養豚場で産んだ子豚(及びこれを飼育した肉豚)もまたZ所有である。
・養豚業者YがZ所有の種豚以外の種豚を搬入補充せず、Z所有の種豚しか搬入補充せずに養豚した行為は、Xの担保権を毀損するものであり不法行為に該当する
という判断をしました。
このような判断が他の事例にも適用されるかは疑わしいところもありますが、ABLのような特殊な担保設定をする場合には、あらかじめ、どのような行為をしてよいのか悪いのかという区別をきちんと理解しておく必要があるということを示唆する事案といえます。
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