- 農業ビジネスに潜む損害賠償リスクについて、大場弁護士が事例を交えて解説します。
なにげにサインしている契約書。そこでは、取引対象となる品種、品目、価格、納期、納入場所などの基本条件や、契約条件を満たせなかった場合の責任分担などについて規定されており、なかにはひどく一方的な記載がなされていることもあります。
ですが、親密な取引先であればいざトラブルになった場合でも話し合いで柔軟に解決できるケースもあるでしょうし、そもそも、高く買ってくれる(または安く売ってくれる)取引先との間では、あえて小難しい契約条件について交渉しようと考えない方も少なくないでしょう。
取引上の力関係から契約条件の交渉が難しい場合が多いとは思いますが、契約書にどんな内容が記載されており、どんなリスクが潜んでいるかということは、頭に入れておいて損はありません。
今回は、取引契約書を巡る基本的な留意事項について、解説していきます。
1 取引基本契約と継続的供給契約
まず、似て非なるものに、「取引基本契約」と「継続的供給契約」というものがあります。契約書の名称は様々ですが、まず、自分が締結する/している契約が、「取引基本契約」なのか「継続的供給契約」なのかの区別はしっかり認識しておく必要があります。
「取引基本契約」は、今後、両者間で行われる継続的な取引の基本事項を定めたものです。通常、この「取引基本契約」のみでは、商品を供給する(引き渡す)義務や代金を支払う義務は生じません。あくまで、「取引基本契約」を取り交わしたのちの「個別契約」(多くの場合は「発注書」のようなもの)を取り交わし、その時点ではじめて商品を供給する義務や代金を支払う義務が生じることになります。
ですので、「取引基本契約」を取り交わした場合でも、その後に発注書をもらった時点で数量や価格に不満があれば、その取引先へ商品を販売する(法的な)必要はありません。生産者とすれば、その取引先への販売価格よりも市場価格の方が高ければ、市場に販売することも(特に契約で禁止されていなければ)契約違反にはなりません。
一方、「継続的供給契約」の場合、その契約を取り交わしただけで一定の商品を供給しなければならない義務が生じます。ですので、その取引先への販売価格よりも市場価格の方が高かったとしても、取引先への供給量を減らして生産者は市場に販売することは(通常)許されません。
圃場契約(全量)の場合、その圃場で生産した全量を取り決めた価格で契約先に供給しなければなりませんし、数量契約の場合は、取り決めた数量を取り決めた価格で契約先に供給しなければなりません。
このように「取引基本契約」よりも「継続的供給契約」の方が、より拘束力の強い契約になります。
もっとも、多くの「継続的供給契約」では、需要者の方も一定の拘束を受けることになり、取り決めた価格が市場価格より高かったとしても、その生産者からの購入を断ることはできないことになり、その分、生産者とすれば安定的な販路が確保できるということになります。
以上のように、「取引基本契約」と「継続的供給契約」では、一概にどちらが生産者にとって有利/不利ということはありませんが、性質が大きく異なる契約になりますので、あらかじめはっきりと認識しておくことが必要です。
2 契約条件の基本的な留意点
「継続的供給契約」を結ぶ場合、主に、次の点に留意する必要があります。
(1)価格
価格設定には、固定型、一定範囲内変動型、相場連動型などがあります。
価格が固定されている方が、安定した収入が見込める半面、市場価格が高騰した場合、商品を市場価格より安く販売しなければならない機会損失というデメリットがあります。相場連動型は、その反対になります。
また、価格改定(値決め)をするタイミングについても、週ごと、月ごと、シーズンごとなど、いくつかパターンがあります。
いずれの契約条件の方が有利不利ということはありませんが、農業経営を考えたとき、上記のうちひとつの契約条件だけとするのか、それぞれの取引条件をミックスさせてリスクヘッジをするのか、経営的な判断が必要になります。
(2)数量
契約数量についても、契約期間通期の出荷数量だけではなく、週間出荷数量、日数量などの出荷計画が定められていることも多いようです。
しかし、農作物の場合、工業製品などと異なり、天候などの外部要因によって出荷数量が増減することが当然にありますので、生産者とすれば、契約で定めた数量を出荷することができない場合の責任の範囲をあらかじめ契約で定めておく必要があります。
例えば、契約数量の80%までは許容するというような許容範囲を定める条項や、異常気象などいわゆる「不可抗力」による場合は生産者の責任を免責するといった「不可抗力条項」を定める方法などが一般的です。
(3)品質・規格
加工用や業務用の場合、通常、販売先ごとに求められる品質や規格が異なります。
生産者の立場とすれば、求められる品質や規格について、ある程度の幅をもって定めておく方が安全であるといます。
3 契約責任(損害賠償責任等)
生産者が契約条件を守れなかった場合、契約上の責任を負う可能性があります。その中でも特に重要なのは損害賠償責任ということになるでしょう。
現在、生産者と直接契約をする取引先(卸や小売り、飲食などの事業者)も、天候や異常気象などの影響により、生産者が契約条件を満たせなくなる事情をよく理解しており、そのようなケースで生産者の責任を追及してくることは少ないと思います。また、先に述べた「不可抗力条項」や、契約違反があった場合の損害賠償の上限額をあらかじめ契約書で定めておく場合もあります。
一方、市場価格が契約価格よりも高くなったようなときに、生産者が契約に反して生産物を市場に出荷するなど生産者が故意に契約違反を犯した場合には、取引先から責任追及されることもあり得ないとは言えません。
生産者として、市場価格が高騰したときには市場に出荷したいということであれば、あらかじめ契約時点でそのような条件交渉をするべきであり、あとから開き直って故意に契約違反を犯すということは差し控えるべきです。
このように、市場価格の変動リスクは農業経営上、重要な問題ですので、むしろ事業者との直販契約をうまく活用し、価格固定型、相場連動型などを上手に組み合わせるなどすることで経営リスクを軽減するという経営判断が求められると言えるでしょう。
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