生徒の育成から農業の役割を考える
〜農業教育を通した人材育成〜
熊本県立熊本農業高等学校 校長 古田陽一
先生からのエール
「見るもの聞くこと全てに学び、一切の体験を研修と受け止めて勤しむところに真の向上がある。心してみれば、全ての物ごとが先生となる。」
熊本県立熊本農業高等学校の紹介
熊本県立熊本農業高等学校
(1) 校訓 『敬天愛人』
(2) 綱領 『愼思力行 剛健進取 倹素礼譲 自制協同』
(3) 建学の精神 『其手足を低き地に働かし 心を高き天に置けよ』
(4) 教育目標 校訓『敬天愛人』と『熊本の心』を基本理念に、豊かな人間性と社会を生き抜く力を育み、社会と共に進化し続ける人材の育成と活気に溢れた学校づくりを目指す
(5) 教育スローガン 『夢実現へ志高く!〜夢に向け即行動,そして継続〜』
沿革
明治32年 熊本農業学校創立(熊本市出水町) 本科設置、養蚕別科設置(大正11年廃止)
昭和23年 熊本県立熊本農業高等学校と改称、定時制を併設(昭和29年廃止)
昭和49年 熊本市元三町に学校全面移転
昭和63年 園芸科と果樹科を統合し、「園芸・果樹科」「農業経済科」を新設し、現在の7学科体制となる。
平成30年 創立120年
※ 卒業生数 24,034人
概要
(1) 7学科(農業科、園芸・果樹科、畜産科、生活科、農業経済科、食品工業科、農業土木科)
(2) 生徒数 864人(H31年4月)、職員数 101人
熊農の教育
熊本の農業を担う人材育成
農業高校では、作物栽培や動物飼育といった農業教育を通して「命の尊さ」、「食の大切さ」「自然の神秘」など多くのことを学びます。そして、生徒たちはその学びを深める中で自分を愛し、仲間を愛し、感謝の気持ちを持つことで互いに助け合い切磋琢磨し、志を遂げ、自信と誇りを持った社会のリーダーとなっていきます。
従って、本校では「個性を磨くとともに、多様性を認め合い周囲と協同して取組み、自分の意見や考えを伝え、夢の実現に一生懸命に努力することのできる熊農生」という生徒像を掲げています。また、この生徒像は、「其手足を低き地に働かし、心を高き天に置けよ」の建学の精神に沿って掲げたものでもあります。
本校121年の農業教育を語るとき、第三期の卒業生で昭和の農聖と謳われた松田喜一氏の指導理念が欠かせません。「自分をつくれ、土をつくれ、作をつくれ」の“三つくれ” の精神です。農業は土や作物を作る前に人材育成が重要であると説かれています。この精神が、今も本校の人材育成に脈々と生き続けています。
「人並なら人並、人並外れにゃ外れぬ。」(喜一語録より)何事にも挑戦して、多くの失敗と成功を繰り返し、その経験から「発想の転換」、「チャレンジ精神」、「研究力」、「経営意欲」、「リーダー性」等が育っていくと考えます。
そして、この農業教育を学んだ人達が熊本の農業の担い手となり、各地でリーダーとして活躍しています。
熊農で学ぶ生徒達
本校で学ぶ生徒のうち家族が農業を経営している割合は約17%。このうち農業経営者育成学科(農業科、園芸果樹科、畜産科)では28%です。
このような状況ですが、生徒たちに将来の夢を聞くと農業関連の仕事に就きたいという生徒が半数近くいます。今年の3年生も約20%が農業関連の進路を選択しています。農業経営者育成学科では、約40%が農業関連の進路を選択しています。
このことは、本校の「農業教育を通した人材育成」の指導方針によって、動植物に興味を持って入学してきた生徒の夢実現に繋がっていると感じています。改めて3年生の様子を見ると「熊農で学んだんだ!」という自信と誇りを感じ取ることができます。
農業に関する研究活動
農業高校の使命の一つとして、地域課題の解決に向けた取り組みがあると考えています。農業者や企業、地域住民の抱える課題を生徒の斬新な発想と行動力で解決していくことが互いの活性化へとつながると考え、食品廃棄物の活用や伝統農法、絶滅危惧種の保存等を地域と連携して取り組んでいます。
エコフィードの研究
食品メーカーから大量に出る食品廃棄物の活用について相談を受け、養豚専攻班で活用法を検討し、豚の発酵飼料(エコフィード)の作製に成功しました。廃棄物の40%減量と経費節減、更に肉質改善にも結び付けました。
現在、豚肉の名称を「シンデレラネオポーク」と命名し、地域の方々にも販売を行っています。
なお、この研究発表は、第70回日本学校農業クラブ全国大会プロジェクト発表会分野Ⅰ類で最優秀賞を受賞しました。

伝統野菜の栽培技術継承
本県には、「肥後野菜」と呼ばれる伝統野菜が15品目ありますが、その中の「水前寺もやし」の栽培農家が2軒しかなく、高齢化によって消滅の危機に瀕しています。この状況を解決しようと生徒たちがプロジェクト学習に取り組んでいます。
畝立て、種蒔き、遮光、水温管理など冬場の人的作業で、1年に1回の栽培管理として学習します。収穫後は他の野菜とともに「肥後野菜セット」として正月用に販売し、地域の方々より高い評価を得ています。

研究活動の成果
生徒たちは、各教科・科目の授業を通して学びを深める中で、教師の助言によって地域課題を考えるようになり、農業教育指導の柱となるプロジェクト学習によって課題解決の方法を検討するようになります。
初めは「難しい」「無理」等と言いながらも、活動を継続するうちに、思わぬ発想や行動から、新たな気付きや発見をし、素晴らしい成果をもたらしてくれます。
「プロジェクト学習から何に気付いた?」、「将来の目標は?」と尋ねると、「生産は冷たくて、手作業など難しく大変だが、この技術の伝承がとても重要だと気付いた」、或いは、「技術継承や開発は農業高校の責任と使命です」等の答えがあり、その上で、「農業技術者となって伝統農法の継承や種の維持に貢献したい」「農業に関わる技術開発や環境の維持・改善に貢献したい」といった意見を聞かせてくれました。
学びを深めた生徒たちの高い意識には常に驚かされます。農業高校生の発想力と行動力、探求心は地域の課題解決や活性化に大いに貢献していくものと確信しています。

未来の農業への農業高校の取組
Society5.0時代を目前に控え、農業教育をどのように展開していくか時々不安に感じることがあります。教師がスマート農業に向き合い、授業で取り組み、生徒たちに還元して、将来の農業経営ビジョンを描かせられるのか考えています。
先にも紹介しましたように、生徒たちの発想力や行動力、夢実現への思いはとても高いと感じています。
このような農業高校に学ぶ若い世代に『魅力ある農業』『儲かる農業』に興味を抱かせ、グローバルな視野に立ってIoTを駆使して農業に取り組むことを進める一方で、長年の経験から得られた知識や技術をデータ化し、分析することで根拠のある農業技術にしていかなければなりません。
勘に頼る農業ではなく、豊富な経験によって身に付けた技術(勘を含む)とIoTを融合させて「Smartな農業経営」ができるよう指導していかなければならないと思います。
未来の農業を担う生徒たちには、教科横断的な学びを実践し、スマート農業への理解とグローバルな視点を持って農業経営に取り組み、新時代の農業を展開してくれることを期待します。
当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されています。
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