「イノベーションは辺境から生まれる」という言葉は、もはやビジネス界では当たり前に言われるようになってきました。日本は同調圧力が強く、異端児が活躍しにくい。大企業には持続的イノベーションはできるが、破壊的イノベーションを起こすことはできないなんて言われることもしばしばです。
一方で、「イノベーションとは0から1を生み出す“発明”ではなく、これまでにない組み合わせによる“新結合”であって、必ずしも天才にしか生み出せないものではない」と言われることもあります。
今回の「アグリ5.0に向けて〜越境する農業の現場から〜」第三回では、農業領域で始まっている、そんな”新結合”についてご紹介しようと思います。
農業という仕事の中にある「自分で生きる力」
「農業はまだまだ未開拓だ」。“開拓”という言葉が、そもそも山林や原野などを切り開いて田畑や居住地・道路などを作ること、つまり開拓後に農業が始まる、という順番を意識すると、この言葉は矛盾を含んでいるように見えます。
しかし、AGRICATION(Agriculture+Education=アグリケーション)という名の”新結合”はこういった開拓精神から生まれました。
もともと農業とは全く縁がなく、東京で調査会社を経営していた堀口学さんが、あるとき農業体験をする機会に恵まれ、そこで得た不思議な感覚が、すべての始まりでした。普段の仕事はオフィスで机を挟んで打ち合わせをしたり、椅子に座って一人でパソコンの画面に向かって数字を打ち込んでいたりする時間がとても長く、達成感を感じることが少ない。
一方、とにかく農業は外で体を動かし、一緒に農作業をする仲間たちと、収穫やマルチ張りといった“その日”の共通目標に取り組む。その日の作業が終わった時点で目標がどこまで達成でき、何ができなかったのかがはっきりする。
もちろん職業としての農業が、コンテンツとしての農業体験とは全く違うことはわかりつつも、一日の仕事の達成感や、農家の方の仕事の領域の広さがとても新鮮で、自分たちの日々の仕事とあまりに違うことに驚き、強い興味を持ったそうです。
都会型の仕事や生活と、農業をはじめとした根源的な生産活動である一次産業。これらを比較していく中で、農業という仕事の中に、「自分で生きる力」を鍛え、駆使するという、とてもたくましい能力開発の要素があることに気付きました。
Agriculture + Education = AGRICATION
中高の体育の教員免許も持つ堀口さんは、この「生きる力をはぐくむことができる農業のポテンシャル」を教育分野で活かせないかと考え、挑戦が始まりました。
当初は、調査会社として市場調査も行い、「子供の教育にもっと参画したいものの、なかなかそのきっかけがない都会の父親」をターゲットにし、父と子で楽しく参加しながら社会のことを学べる体験コンテンツとしてプログラムを完成させました。
その開発プロセスの中で相談に乗ってもらっていた学芸大学附属世田谷小学校で教鞭に立つ河野先生をはじめ複数の教育関係者から、いま教師たちも、STEAM教育をはじめとする“探求学習”の企画設計や運営、またSDGsといった重要だけれどもなかなか伝えにくい内容についてどう学習させるか、とても悩んでいるということを聞き、すでにベースができていたプログラムをカスタマイズしました。
AGRICATIONでは、『アグリ』というゲーム内のみで使える仮想通貨を実際の農作業を通じて獲得することからゲームが始まります。その『アグリ』を原資とし、作物の種を買い付け、必要に応じてビニールハウスを建て、季節に応じてやってくるさまざまな天候不順などの困難をゲームの中で乗り越えます。最終的にゲームの中で育てた作物を収穫後販売し、どれだけ儲けることができるかを競います。
中高生向けのゲームの中ではこの“農業経営シミュレーション”を3年間繰り返すことで農業にまつわる課題や、バリューチェーン、環境が作物に与える影響などを自分事として深く理解することができ、参加者は自然と農業の難しさや、持続可能社会の実現に向けての問題意識を持つことができるようになります。
実際にこのプログラムをテスト的に提供していく中で、普段冷めている中高生が日々の生活の中で接点のない農業というテーマにおいて、ゲームを通じて熱狂していき、ゲームが終わった後自分の言葉で地産地消や、SDGsなどについて話す姿に何度も出会ったそうです。
現在、AGRICATIONは旅行会社において、教育旅行のプログラムとして採用されています。ゲームを使ったコミュニケーションは農業を飛び越え、様々な課題を抱える様々な領域でのソリューションとしての活用も検討され始めました。
"新結合"で起こすイノベーション
マイナスとマイナスを足すと、マイナスが増える。マイナスとマイナスを掛けるとプラスになる。今回の取材を終えて、そんなことを考えました。
つまり、社会課題をお金で課題解決しようとすると、課題の深さや重さに比例して、それを解決するためのコストが増えていく気がします。
一方で、課題を持つ分野と課題を持つ分野を掛け合わせ、文字通り"新結合"させると、思いもよらず、どちらも一緒に解決できたりするものなんじゃないか。そう考えれば、「同調圧力に負けない!」「予定調和をあえて無視して、自分たちも破壊的にイノベーションを起こさなければ!」なんて感じに肩肘張らなくても、イノベーションは起こせるんだ。そんな風にちょっと楽になりました。
次号「アグリ5.0に向けて 〜越境する農業の現場から〜」第4回では、今広がるシェアリングエコノミーの領域から見た、農業領域におけるシェアリングの可能性についてレポートします。ぜひご期待ください。
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