(株式会社メディカル成果物研究所(デリカフーズグループ)取締役研究所長 有井雅幸(薬学博士))
野菜に対する消費者ニーズは、安全・安心で、美味しく(鮮度高く)、健康に資することですが、特に「健康」は魅力ある価値として、新たな青果物需要を創造しうることが国内外で大きく期待されており、そのためのサプライチェーン/バリューチェーン構築が喫緊の課題であると考えられています。
本連載においては、野菜が持つ健康機能性や旬、消費者・実需者のニーズ、国産野菜の生産・加工・流通の現状等について、最新の研究・事例も交えて紹介していきます。
シリーズ第3回目の今回は、野菜を中心とした食生活による生活習慣病予防や健康寿命延伸について、解説します。
1. 我が国の食育推進活動
我が国は世界でも有数の長寿国ですが、これには日本人の食事が一助となってきました。日本人の食事の特徴は、気候と地域の多様性に恵まれ、旬の食べ物や地域産物といった食べ物を組み合わせて、調理して、おいしく食べることで、バランスのとれた食事を摂ることでした。
しかしながら、社会環境や生活習慣の変化 、食生活の乱れに伴い、がん、心臓病、脳卒中、糖尿病などの生活習慣病が増加し、国民の大きな健康問題となってきました。
このため、平成12年3月に、当時の文部省、厚生省及び農林水産省が連携して「食生活指針」を策定し、食生活を改善することで疾病の発症を予防する「一次予防」を推進してきました。その後、平成17年に食育基本法が制定、平成25年度からは10年計画の国民健康づくり運動「健康日本21(第二次)」が開始、平成25年12月には「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されるなど、食生活に関する幅広い分野で進展がありました。
平成 28年3月には食育基本法に基づき「第3次食育推進基本計画」が作成されたことから、同年 6 月、文科省・厚労省・農水省連携で食生活指針の改定が行われました。
2. 改定食生活指針
改定食生活指針の特徴は、食料生産・流通から食卓、健康まで食生活全体を広く視野に入れて作成されていることが大きな特徴で、それぞれの項目は生活の質(QOL)の向上を重視し、バランスのとれた食事内容を中心に、食料の安定供給や食文化、そして環境にまで配慮したものとなっています。
(1) 食事を楽しみましょう
毎日の食事で、健康寿命を延ばしましょう。 美味しい食事を味わいながら、ゆっくり良く噛んで食べましょう。家族の団らんや人との交流を大切に、また食事作りに参加しましょう。
(2) 1日の食事のリズムから健やかな生活リズムを
朝食で、生き生きした1日を始めましょう。夜食や間食は取り過ぎないようにしましょう。飲酒はほどほどにしましょう。
(3) 適度な運動とバランスのよい食事で、適正体重の維持を
普段から体重を測り、食事量に気を付けましょう。普段から意識して身体を動かすようにしましょう。無理な減量はやめましょう。特に若年女性の痩せ、高齢者の低栄養にも気を付けましょう。
(4) 主食、主菜、副菜を基本に、食事のバランスを
多様な食品を組み合わせましょう。調理方法が偏らないようにし ましょう。手作りと外食や加工食品・調理食品を上手に組み合わせましょう。
(5) ごはんなどの穀類をしっかりと
穀類を毎日摂って、糖質からのエネルギー摂取を適正に保ちましょう。日本の気候・風土に適している米などの穀類を利用しましょう。
(6) 野菜・果物、牛乳・乳製品、豆類、魚なども組み合わせて
たっぷり野菜と毎日の果物で、ビタミン、ミネラル、食物繊維を摂りましょう。牛乳・乳製品、緑黄色野菜、豆類、小魚などで、カルシウムを十分に摂りましょう。
(7) 食塩は控えめに、脂肪は質と量を考えて
食塩の多い食品や料理を控えめにしましょう。食塩摂取量の目標値は、男性で1日8 g 未満、女性で7 g 未満とされています。動物、植物、魚由来の脂肪をバランス良く摂りましょう。栄養成分表示を見て、食品や外食を選ぶ習慣を身に付けましょう。
(8) 日本の食文化や地域の産物を活かし、郷土の味の継承を
「和食」をはじめとした日本の食文化を大切にして、日々の食生活に活かしましょう。地域の産物や旬の素材を使うとともに、行事食を取り入れながら、自然の恵みや四季の変化を楽しみましょう。食材に関する知識や調理技術を身に付けましょう。地域や家庭で受け継がれてきた料理や作法を伝えていきましょう。
(9) 食料資源を大切に、無駄や廃棄の少ない食生活を
まだ食べられるのに廃棄されている食品ロスを減らしましょう。調理や保存を上手にして、食べ残しのない適量を心掛けましょう。賞味期限や消費期限を考えて利用しましょう。
(10) 「食」に関する理解を深め、食生活を見直してみましょう
子供のころから、食生活を大切にしましょう。家庭や学校、地域で、食品の安全性を含めた「食」に関する知識や理解を深め、望ましい習慣を身に付けましょう。家族や仲間と、食生活を考えたり、話し合ったりしてみましょう。自分たちの健康目標を作り、より良い食生活を目指しましょう。
3. 我が国の「食と健康」等に関する疫学調査研究事例
国立がん研究センターでは、いろいろな生活習慣と、「がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気」との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防や健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。
これまで1990年と1993年に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、東京都葛飾区、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古、大阪府吹田の11保健所管内に住んでいた40〜69歳の方々の内、研究開始から5年後の調査時点に「循環器疾患、がん、肝疾患」のいずれにもかかっていなかった男女約9万人を、2014年まで追跡した調査結果にもとづいて、「食事由来の抗酸化能と死亡との関連」を調べた結果が専門誌(The Journal of Nutrition 2019年9月)に報告されているので紹介します。
研究目的 〜食事に含まれる抗酸化能と死亡リスクの関連性を解析〜
日本人の食事には野菜や果物、緑茶といった抗酸化物質を多く含む食品が豊富で、これらが日本人の長寿に貢献している可能性がありました。本研究では、研究開始から5年後に行った食事調査票アンケートの結果を用いて、食事全体の抗酸化能の指標である鉄還元抗酸化(FRAP法)と酸素ラジカル吸収能(ORAC法)を算出し、その後の死亡リスクとの関連を検討しました。
抗酸化能に寄与する食品とは?
研究開始から5年後に行った食事調査票アンケートの結果を用いて、食事由来の抗酸化能値を算出した結果、抗酸化能に主に寄与する食品は、高い順に緑茶(FRAP法:58.5%、ORAC法:34.3%)、果物類(FRAP法:16.7%、ORAC法:31.9%)、野菜類(FRAP法:11.6%、ORAC法:17.5%)でした。
研究結果 〜食事由来の抗酸化能が高いほど死亡のリスクは減少〜
食事由来の抗酸化能値を4つのグループに分類し、約17年(中央値)の追跡期間に把握された死亡(総死亡・がん死亡・循環器疾患死亡・心疾患死亡・脳血管疾患死亡)との関連を調べました。
分析にあたって、年齢、性別、地域、肥満度、喫煙、身体活動、職業、ビタミンサプリメントの使用、エネルギー摂取、コーヒー摂取、塩分摂取、カルシウム摂取、カリウム摂取、マグネシウム摂取、食物繊維摂取、糖尿病・高血圧・脂質異常症の病歴の影響をできるだけ取り除きました。
その結果、食事由来の抗酸化能が高いほど死亡リスクが低下する傾向を認め、抗酸化能値が最も低いグループに比べ最も高いグループでは、総死亡リスクがFRAP 法で15%、ORAC 法で16%低下していました。
死因別にみると、循環器疾患死亡、心疾患死亡、および脳血管疾患死亡との間で統計学的に有意なリスク低下を認めました。一方、がん死亡との関連はみられませんでした。
結論と今後
本研究は食事由来の抗酸化能と死亡との関連を調べたアジアで初めての研究でした。今回の研究では、抗酸化能が高い食事をしている人は死亡リスクが低く、特に循環器疾患死亡との関連がみられました。この結果は、アメリカおよびフランスの先行研究とも一致しています。
野菜、果物、緑茶といった抗酸化能が高い食品を日常的に摂取することは健康寿命の延伸に繋がることが期待できます。一方、がん死亡との関連はみられませんでしたが、理由ははっきりしませんでした。がんは部位によってリスクとなる要因が異なり、また発がんのメカニズムにおける抗酸化物質の関与が複雑なためではないかと思われました。
なお、野菜摂取による部位別がん(胃がん、食道がん、肺がん、肝臓がん、乳がん等)では発症リスク低減効果が期待されています。
4. おわりに
野菜や果物には、ビタミン・ミネラルなどの栄養素と、食物繊維やポリフェノール、カロテノイド、イソチオシアネートなどの非栄養素(フィトケミカル)が多種多様に含まれています。その中で抗酸化能を持った成分も、ビタミンCやビタミンE、カロテノイド(β-カロテン、ルテイン等)、ポリフェノール(アントシアニン、クロロゲン酸等)など、様々です。
特に、アブラナ科の野菜では、非喫煙者男性での肺がんリスクや、女性の結腸がんリスクを低減する効果が期待されており、アブラナ科野菜に多く含まれる「イソチオシアネート」が注目され、最近では男性の白内障リスク低減効果も期待されています。
胃がんリスク低減効果(International Journal of Cancer,2002)では、緑色や黄色、緑黄色以外の野菜それぞれ同様に期待され、また食物繊維に関しては穀類由来よりも野菜・果物由来の方が日本人の死亡リスクを低減させる傾向が高いとのこと(American Journal of Clinical Nutrition, 2020)。さらに、黄・赤色野菜やネギ類野菜では、1日当たり100g摂取増加する毎に体重が25g減少する報告も発表されています(Eur. J Nutrition, 2020) 。
近年では、消費者庁が所管する機能性表示食品に、複数の野菜や果物が受理されていますが、「トマトのリコピンやGABA、ホウレン草のルテイン、大豆もやしのイソフラボン、ミカンのβ-クリプトキサンチン、リンゴのプロシアニジン」などが機能性関与成分です。
野菜に対する消費者ニーズは、安全・安心で、美味しく(鮮度高く)、健康に資することですが、特に「健康」は魅力ある価値として、新たな青果物需要を創造しうることが国内外で大きく期待されており、そのためのサプライチェーン/バリューチェーン構築が喫緊の課題であると考えられています。
シリーズ『健康機能性の高い国産野菜で日本を元気に!』のその他のコラムはこちら
当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されています。
公開日