今回の「アグリ5.0に向けて 〜越境する農業の現場から〜」では、2008年に三井リース事業株式会社と協同リース株式会社の経営統合により設立された「JA三井リース株式会社」(以下、JA三井リース)をご紹介します。
一年に1回か2回しか使わない大型農機を購入して各農家で個別に所有するのではなく、リースで共同利用し各農家の投資負担を減らす。会計上の観点からも、購入農機を資産化するのではなく、経費処理し、財務上の負荷を下げ、効率経営を目指すということは、とても合理的であると考えられます。
また、一つのものを共同利用することは広い意味での資源削減になるため、環境負荷も減らすことができ、このモデルは農家/JA三井リース/環境においてWIN/WIN/WINの構造を作り上げているモデルと言えます。
そのため、JA三井リースが提供する農機シェアリングサービスにはニーズがすでにたくさんあり、これをいかに効率的に取り込むかが、この会社の課題である。そういったお話を聞けるものだと思い、今回の取材に臨みました。しかし、予想は大きく外れました。
自然を相手にする農業領域のシェアリングエコノミー
前回(第4回)の本コラムで、シェアリングエコノミーが想いや課題を共有することから始まる第三世代に入っているのではないか、というお話をしました。農機シェアは一見誰にとっても合理的であり、共通の課題解決になるため、サービス設計がシンプルで実現はそれほど難しくないイメージを持たれる方もいるのではないでしょうか。
しかし、現在大きく市場が広がっている都市型のカーシェアサービスなどと異なり、農機のシェアは自然を相手とする農業領域で行われるため、サービス設計そのものに多くの創意工夫が必要です。
例えば「大型農機を複数の農家で共有して利用する」という部分だけを分解して考えてみます。ご存知のとおり、農機には特定の用途があります。例えば稲刈り用のコンバインの場合、当然、稲の収穫期に利用されます。稲は季節に応じて生育していくので、収穫時期は近隣地域の複数の農家で重なることになります。
収穫時期が異なる複数の農家でこの農機をシェアするとなると、それぞれの利用時期に合わせて、順番を調整し、大型農機を移動させる必要があります。また、シェアされる農機は使用頻度が高くなることから、不具合への対応と使用スケジュールの変更を回避するためにも、保守やメンテナンスの体制を整えておく必要があります。
更に重要なことは、いわゆるコンタミ(伝染病の拡散や品種の混合)が生じる可能性があるため、前の利用者の利用終了日と後の利用者の利用開始日の間に、大型農機を移動させる時間だけでなく、洗浄の手間と時間も挟み込む必要も出てきます。
農機を介して見知らぬ農家同士の「課題」「想い」がマッチング
JA三井リースではこういった様々な課題ひとつずつに2012年から取組み、たゆまぬ創意工夫で解決し、サービスを広げ続けています。
創意工夫の一つの例を挙げてみたいと思います。まず、JA三井リースでは、利用者のチームが組成できないと、農機を購入しません。
チームは農機の利用時期が重ならないように、早生(わせ)、中生(なかて)、晩生(おくて)の品種を扱う農家たちで構成されることが理想で、それぞれの農家から「必要なもの(ニーズ)を申告してもらうこと」が起点となります。たとえば、「省力化で人手不足を解消したい」、「閑散期は、倉庫のスペースに農機を置いておくのではなく、作業場として使いたい」といったものがこれに当たります。
興味深いことに、このチーム組成の段階でチームメンバー同士は、お互いのことを詳しく知りません。他のシェアリングサービスのように、人や機会がお互いの情報開示されることでマッチングされるのではなく、見知らぬ農家同士の様々な「課題」や「想い」が、ある種、人から離れ農機を介してマッチングされていきます。
さらに、「ニーズ同士のチーム」が構成された後も、他にいくつもの解決すべき課題が発生します。
例えば、全国的に台風が増えてきたことにより、収穫時期が全国的に一定期間に集中するという課題。
農機の保守メンテナンスに費用が掛かり、これが利用料にも影響を与えるため、個々の利用者が農機を利用する際に故障させない使い方をするよう、サポートが必要という課題。
他にも、大型コンバインは雨の日に運べないため、天候リスクをどう回避するかという課題。
どの課題も、何かを解決すれば他も解決するような関連性を持ったものではなく、個別の課題を要素分解し、それぞれに対する解決法を考案しながら、現実に即してそれを実践していくことが求められます。
JA三井リース農林水産本部食農ビジネス推進部の皆さんは、こういった難易度の高い多くの課題に向き合いながらも、「これからもっと、自らのソリューション力を強化し、地域ブランドを強くしていくことで、地域の力が上がっていくことに貢献したい。」と言います。
農家の課題を共有することに始まる「協同」体ビジネス
それぞれ固有の「課題」を持つ農家が、それを解決するためにその「課題そのもの」を他者に預け、それらが共有されることで相互解決される。自分の「課題」を他者に知られたくない「弱み」とみなし隠すのではなく、あえてそれを共有することで、日本の農業全体が抱える生産性の向上という共有課題の解決を目指し、互いに成長していく。ここに、小さいけれどもとても覚悟のある、力強い越境精神を感じざるを得ません。
今回のインタビューを通じて、人間の力ではコントロールできない自然と対峙しながら生まれてくる、農家ごとの個別課題を「シェアリング」という手法で解決していくことの困難さを痛感しました。一方で、「JA」、「三井」というそれぞれ大きな母体がお互いに越境し組成した「JA三井リース」という企業により展開される、個々の農家の越境行為をサポートするビジネスの中に、シェアリングエコノミーの原点ともいえる協同の理念を垣間見ることができました。
これまでの「アグリ5.0〜越境する農業の現場から〜」では、地域、消費、教育などの社会課題と農業課題を掛け合わせる未来の可能性の広がりについて、考察をしてきました。今回は、個々の農家に個別の課題や想いを発露させ、農家自身を越境させることをサポートする、「協同」体ビジネスをご紹介しました。
農家が起点となる、この「協同増幅ビジネス」が越境し、社会課題やテクノロジーと掛け合わされ、さらに新しい未来へ発展していくことができれば、農業にとどまらず社会全体を大きく変えることができるイノベーションが起きるのではないかと強く感じました。そういった気概のある越境者の出現を、今後も楽しみにしていきたいと思います。
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