一般社団法人 全国農業会議所
新規就農相談センター
相談員 宮井 政敏
就農の動機は、人それぞれです。就農案内本やネットの情報に影響された相談者も多いです。彼らには「先ずは白紙の状態で考えてみましょうね」と伝えた後、教えるというよりも「共に考える」という姿勢で対応しています。
そして、一方的な情報よりも対話で考えがまとめられる全国並びに都道府県の就農相談センターを活用することを出発点にしてもらいたいと思っています。
さて、今回は4人の相談者の明暗を紹介します。なお、個人情報保護の観点から、氏名や就農地などは伏せさせていただきます。
周りの人の声に左右されることは失敗のもと
ある農業専修学校の卒業生2人の話です。
2人は同期生、就農地も同じ町内で農業次世代人材投資資金の経営開始型を活用しながら、1ヘクタールの農地を借り受け、町内の認定農業者を師匠としてネギを主力に経営をスタートさせました。
初年度は、ともに、販売額は50万円前後でしたが、3年目から2人の経営に差異が生じ始めました。
周りの声に左右され、作物の切り替えを繰り返したA氏
一人目をA氏としておきますが、このA氏はどちらかというと社交的な性格だったようです。地域の農家と交流する中で、「ネギなんかよりも軟弱野菜のほうが金になるよ」といった忠告に耳を傾けて、新たな機材を購入して軟弱野菜に切り替えました。
しかし、技術が無いため、販売額は皆無に等しかったようです。そこで、別の農家に相談して、他の作物への切り替えを繰り返しました。結果は、借金だけが増え、離農せざるを得なくなりました。
決めた作物を極めることに情熱を注いだB氏
もう一人のB氏は、師匠の技術力を吸収しながら、頑なにネギに情熱を注ぎ込みました。そして、規模拡大を図りながら5年目には販売額500万円を達成しました。B氏は「やっと、農家として軸ができた」と話しています。
作物ごとの技術取得には、時間がかかります。さらに、機材も異なるため、償却の目途が立つまでは、決めた作物を極めることに専心する大切さをこの事例から学んでもらいたいものです。
地域からの信頼が決め手
周りのアドバイスに耳を傾けず、地域から遊離したC氏
「イチゴで新規就農したが、収量が上がらず、経営がピンチ。どうすれば良いのか」と、新規就農者のC氏からの電話相談を受けました。筆者が就農時までの研修経過を聞き取ったところ、町内のイチゴ農家で2年間ほど学んだといいます。
そこで、「その農家からアドバイスを貰えば」と伝えたところ、「自分の目指す農法と違うし、直売所でライバルとなるから大切なことは教えてくれない」との返答でした。
次に、「地元の農業普及員に教われば」と話しますと、「普及員は既存農法で、教わる価値がない」との答えが返ってきました。
さらに、「町役場に相談しては」と話すと、そこともトラブルを引き起こしていたようです。
結局のところ、C氏がいわゆる自然農法的な農業を信奉するあまり、他人のアドバイスに耳を傾けず、地域から遊離してしまっていると感じました。「謙虚になって、元の師匠に助けを求めては」と、伝える事しかできませんでした。そして、その後、C氏がどうなったかは不明です。
研修休暇中も他農家を手伝い信用を高めたD氏
これとは、真逆の人生を歩んでいるのが東京出身のD氏です。筆者が最初に相談に応じた時は40歳代後半でした。当時、青年就農給付金制度(現:農業次世代人材投資資金)が45歳未満であったため、国の支援制度の対象外でした。
そこで、D氏は雇用保険を受給しながら就農準備校で3か月間の体験を通して自らの適性を確認し、その後に東北地方で果樹農家に成るべく就農予定地で研修をスタートさせました。
その間の生活費は、細君が東京で支えてくれたようです。「2年間の研修中、支えてくれている家族に感謝しながら、1日も早く技術を習得したいと頑張った」と話しています。
そして、D氏は、研修先の休みも無駄にしたくないと、高齢果樹農家の剪定作業などをボランティアで手伝うことで技術を高めていきました。
その結果、それらの農家から「就農する際には、園を引き継いで欲しい」との申し出が続出したといいます。D氏と出会って6年目、「販売額が8ケタ近くになり、家族を呼び寄せることができました」と、当センターを訪ねてきました。
C氏とD氏、地域の信頼を得られたかが、その後の歩みに違いを生じさせたようです。
技術力の向上を図り、焦らずに着実に!
相談者の中には、様々な情報を収集されることに情熱を傾けられる方がいます。そして、平均値など統計的なことに関心をしめされます。それは、役所などに提出する経営計画を立案する際に必要でしょうが、自らの技術力が「平均値に達するためにどうすべきか」ということが欠落しています。
ある山村に果樹農家として就農した30代前半の夫妻がいます。夫の前職は、国の機関の研究職だったそうです。そのような経歴の人でしたから、経営計画は見事なものでした。そして、先ずはその経営計画を妻に見せて説得したといいます。妻は、「計画通りいかないだろう」と、思いつつも夫に従ったといいます。
そして、現実は、栽培技術が伴わず商品性の低いものしかできませんでした。ただ、幸いなことに妻がそれらの果実を加工して、新商品を生み出すことに成功しました。時間的に余裕が生まれた夫は、頭を白紙にして、一から栽培技術の向上に努めているようです。
机上での考えも必要ですが、技術力の向上を図ることを第一に焦らずに着実に歩み続けてもらいたいものです。
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