(農林中金総合研究所 野場隆汰)
農業における自然災害リスク対策として、前回は生産者(農業法人)間の連携事例を紹介しました。地域農業は生産者だけでなく、JA、行政、各種関連業者など、様々な団体や事業者によって支えられています。
そこで今回は北海道の酪農地帯におけるJAと組合員による連携事例を紹介します。
取組みのきっかけとなったブラックアウト
北海道では、2018年9月に発生した胆振東部地震により、全道規模での大停電、いわゆるブラックアウトが起こり、主要産業のひとつである酪農も大きな被害を受けました。電力供給が数日間ストップしたことにより、生産者は搾乳機やバルククーラーを動かすことができず、乳業メーカーの生乳工場も稼働停止するなど、生乳サプライチェーンの各段階に影響が及びました。
その結果、全道で約20万トンもの生乳が廃棄処分となったほか、適切な搾乳ができなかったことから多くの乳牛において乳房炎が発生するなど、中長期的な被害にもつながりました。今回紹介するJA釧路太田(以下、「JA」という)の管内である厚岸町や釧路町でも、酪農家組合員(以下、「組合員」という)の間で約350tの生乳廃棄と約400件の乳房炎被害が発生しました。
発災当時、組合員の非常用電源の所有率が低かったことから、JA職員が組合員宅を巡回しつつ、JAで所有していた共有の非常用電源を貸し出す対応を行いました。その際、JAで組合員の非常用電源の所有個数や機材の種類を把握していなかったことから、被害調査とその後の対応に時間を要することとなりました。
停電・断水対策のリストアップとマニュアル化
JAによる非常用電源の推進と停電被害への備え
そうした経験から、JAではまず組合員における非常用電源の個人所有の推進をはかりました。行政の補助事業も活用したことで、ブラックアウト後の組合員の非常用電源所有率は9割近くにまで高まり、停電時には組合員自身で緊急対応が可能となりました。
また、JAでは組合員の非常用電源の所有状況のリストアップにも取り組んでいます。今後、停電被害が発生した際には、JAがそのリストを確認することで、組合員のおおよその被害が想定でき、被害調査や緊急支援をより効率的に行うことができるようになりました。
断水対策としての貯水タンクの導入推進と取水ポンプの配布
停電対策に一定の向上がみられたことから、JAでは酪農経営における別の重大リスクである断水の対策にも取り組んでいます。例えば、経産牛60頭規模の酪農場では、1日に約6,500Lもの水が必要となり、災害時の水の確保は酪農経営にとって深刻な問題となりえます。直近では、2024年の能登半島地震でも断水が発生し、酪農における水不足が実際に起きました。
具体的な断水対策は、組合員への貯水タンク導入の推進とJAから各エリアへの取水ポンプの配布です。断水時に行政から配水がある場合には、組合員が所有する貯水タンクによって水を確保できるほか、河川や水源地からの応急的な取水も可能となります。
酪農継続のための災害対策マニュアルの策定
さらにJAでは、災害時のJAおよび組合員の対応方針や緊急連絡先、平時からの防災の取組みなどをまとめた「酪農継続のための災害対策マニュアル」を作成しています。同マニュアルは組合員各戸に配布されており、災害時にはJAと組合員がお互いの役割を認識しつつ、円滑な災害対応を行うことができる体制づくりに取り組んでいます。
組合員の自立的な防災対策・災害対応をJAがサポート
JAと組合員による連携の特徴は、組合員が自立的な防災対策・災害対応を行い、JAはそのサポートの役割を担っている点です。
JAでは管内を7エリアに分け、断水時の取水ポンプの運用や停電時の非常用電源の貸し借りなどについては、エリアごとの組合員による協力を基本としています。そのなかでJAは、マニュアル作成による防災情報の提供・整理や災害対応にかかる行政担当部署との調整などで支援しています。
例えば、JAと組合員が数年に一度実施している河川からの取水訓練では、JAと行政があらかじめ協議を行い、河川取水に必要な許認可をまとめて調整することで、取組みを円滑に進めることにつながっています。
今回取り上げた酪農に限らず、農業には様々な団体や事業者が関わっています。組織や業種の枠組みを超えて防災に取り組むことで、地域農業の災害回復力はさらに高まることが期待されます。
まずは、ふだんの農業経営のなかで関わっている団体や事業者が、どのような防災計画やBCP(事業継続計画)を策定しているのかなど、お互いの情報を共有することから始めてみましょう。
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当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されています。
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