京都の「九条ねぎ」や、愛知の「宮重だいこん」「渥美アールスメロン」など、その土地の風土で育ち、独自の食文化を作ってきた伝統野菜たち。
しかし、伝統野菜を守るという理想は、農家にとって経営を圧迫する重荷になります。効率的なF1種が食卓を支える今、手間のかかる在来種と、私たちはどう向き合えばよいのでしょうか。
本記事では、あいち在来種保存会の高木幹夫(たかぎ・みきお)さんと、日本伝統野菜推進協会の横井美佳(よこい・みか)さんとの対話から、無理のない共存の道を探ります。
出口のないリスク ─ 元JA指導員が伝えるシビアな現実
愛知の風土が育んだ伝統野菜。(写真提供:高木幹夫さん)
伝統野菜を守るという理想は大切ですが、経営の視点では多くの困難が伴います。あいち在来種保存会の高木さんは、その栽培を「安易に勧められない」と率直に語ります。秀品率の低さや規格の不在、収穫の不安定さなど、効率的なF1種に比べ、在来種は生産性が低いのが実情だからです。
あいち在来種保存会の代表を務める高木幹夫さん。元JAの営農指導員として長年現場を支えてきた経験から、伝統野菜の保存には経営の視点が欠かせないと話します。
高木さんが重視するのは「出口(売り先)」です。「出口があれば入り口(生産)はできる」という言葉には、売れる見込みのない生産のリスクを誰より知る重みがあります。かつて直売所「げんきの郷」で、農家の利益を守る「再生産価格※」での販売を徹底させた高木さんは、農家にとって、経済的自立のない栽培は続かないと考えているからです。
※再生産価格とは、農家が次の年の生産を無理なく続けるために必要な「経費」と「自身の利益」をしっかりと確保できる販売価格のこと。
食卓を支えるF1種の役割を認めながら、伝統野菜のシビアな現実を語るのは、農家に経営を危うくしてほしくないという誠実な思いがあるからです。その言葉は、現場の苦境を支えてきた人だからこそ行き着いた、一つの事実といえます。
日本の食を守るセーフティーネット
「儲からないなら、なぜ続けるのか」。そんな問いに対し、高木さんは意外な言葉を口にします。伝統野菜に関わる活動は、あくまで「趣味」なのだと。
仕事として利益を追求すれば、生産性の低い在来種は、どうしても効率化の波に飲み込まれてしまいます。無理に農家の経営に負担を強いるのではなく、あえて採算の枠外に置くことで、種の保存を継続させる。それが高木さんが見出した現実的な向き合い方でした。
現在、日本の食卓を支える野菜の多くは、海外生産されたF1種の種子に依存しています。もし供給が途絶えれば、日本の農業そのものが立ち行かなくなるリスクがあります。一方、各地の風土で生き抜いてきた在来種は、環境の変化に対応できる多様な強さを持っています。
高木さんが「在来種は背の高い子もいれば低い子もいる。だから強い風や水害がきても全滅せず、誰かが生き残る」と語るように、この不揃いな個体差こそが、画一的なF1種のリスクを補う「セーフティネット」となるのです。
収益はF1、個性は伝統野菜
高木さん自身は伝統野菜の保存に心血を注いでいますが、農家に対しては、経営の比重を伝統野菜に多く割く必要はないと考えています。
取材を通して見えてきたのは、0か100かではなくF1種と在来種の共存という道です。たとえば、日々の生活を支える収益の柱は秀品率に特化したF1種に任せ、畑の片隅の限られたスペースで、農園のブランド戦略にもつながる伝統野菜を育てる。このような役割分担こそが、次世代へ種を引き継ぐための持続可能な一つの形といえます。
伝統野菜は通年の供給が難しく、量も不安定です。しかし高木さんにとってこの弱点は、本当に価値を分かってくれるお客さんかどうかを見極めるフィルターのような役割を果たしています。実際に高木さんのもとには、種から育てる時間を考慮して「2年待ってくれ」という言葉を真摯に受け止め、収穫を待ち続けた飲食店があるとのこと。

高木さんに話を聞いたのは、愛知県大府市にある「おおぶ文化交流の社」。館内のレストランでは実際に高木さんが育てた野菜が提供されており、入り口の掲示物からも、地域で種を守り続ける活動の様子が伺えます。
今日明日の入荷や安さだけを求める相手ではなく、時間がかかることを理解し、その価値を共有できるパートナーと付き合っていく。この価値観を分かち合える関係性こそが、伝統野菜を未来へつなぐ力になるのです。
点と点を結ぶ。日本伝統野菜推進協会が担う役割
伝統野菜を守る現場では、各地でたった一人、種を守り続けている人たちがいます。かつて高木さんは、こうした全国の活動家を結びつけようとしたことがありました。しかし、一人ひとりのこだわりが強い世界だからこそ、横の連携を築くことの難しさを知ったといいます。
こうした現場のリアルを知る高木さんを顧問として迎え、伝統野菜の認知活動に力を入れている団体があります。それが日本伝統野菜推進協会です。
同協会では、特定の個人の考えに偏らない、フラットな立場から情報の土台を整える活動を始めました。
日本伝統野菜推進協会の公式サイト。
特定の考えに偏ることなく、各地に散らばる情報を誰もが活用できる共通の仕組みを整えています。
協会が数年がかりで作った全国の伝統野菜一覧や、子供向けの学習ノートは、誰もが無料でアクセスできる情報のインフラとして、教育現場などを通じて地域の魅力を次世代へ広める役割を担っています。
当協会の横井さんは、「在来種を守る役割は、農家さんだけでなく地域や住民にもある」と話します。
日本伝統野菜推進協会の理事を務める横井さん。特定の考えに偏らないフラットな視点で、地域の伝統野菜を次世代へつむぐための土台を整えています。
育てる苦労を農家に背負わせるのではなく、地域で支え合う。そんな地域全体で資源を守ることこそが、伝統野菜の歴史を無理なく未来へ残していくための、確かな道しるべとなるはずです。
伝統野菜と共存するための役割分担
日本の豊かな食卓は、日々の生産を絶やさず、厳しい経営を成り立たせている農家がいるからこそ成り立っています。だからこそ、「伝統野菜の種を守る」という大きな負担まで、生産現場だけが抱え込むのは現実的ではありません。
日々の食の基盤を支える農家、情報を整理して広く発信する協会。そして共に資源を育む地域社会や、価値を理解して買い支える消費者。それぞれが無理のない範囲で関わり合う自然な役割分担があってこそ、これまでの歴史と文化をつむぐ伝統野菜は、次世代へ引き継がれていくのです。
取材協力・関連団体
本記事の執筆にあたり、取材に協力いただいた高木幹夫さん(あいち在来種保存会)と、日本伝統野菜推進協会の最新の活動は、以下の公式リンクからご覧になれます。
- あいち在来種保存会(愛知県の伝統野菜や実践記録など)
https://www.instagram.com/dentouyasai.aichi.5/ - 日本伝統野菜推進協会(全国の伝統野菜一覧や食農教育など)
https://tradveggie.or.jp/
当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されています。
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