家庭菜園の延長線上に、仕事としての農業はあるのだろうか。そう考えたことがある人は、少なくないかもしれません。
神奈川県厚木市で農家として4年目を迎えた井萱尚子(いがや・ひさこ)さんは、前職のIT業界から家庭菜園を経て就農した人です。
その出発点は、目の前の土地をどうするか、という現実でした。農家で生計は立つのか、自分にもできるのか。同じ悩みを抱える人へ、井萱さんの今を届けます。
IT業界を離れ、土に触れるまで
神奈川県厚木市にて。井萱尚子さん。
井萱さんは、神奈川県厚木市にて365日ほぼ毎日野菜を出荷し続ける農家です。露地を中心に、多品目・少量生産のスタイルで一人で営農しています。
井萱さんの前職はIT業界。かつては商品やサービスの開発サイクルに追われる日々を送っていました。「いつの間にか座っていられなくなっていたんです」。心身への疲労は、そんなかたちで井萱さんの体に表れていました。そんな折、妊娠がわかり、IT業界を離れる決断をしました。
祖母の真似で種をまいた
最初から農業を目指していたものではなかった。祖母の真似をして種をまき、芽が出て、苗づくりも上手くいった。きっかけはそのようなもの。やがて気づいたら時間を忘れていた、といいます。
この時点で農業を志したわけではありません。
子育ての傍ら、祖母の真似をして種をまいたのがきっかけでした。芽が出て、苗づくりも上手くいった。どこかで体系的に学んだわけではなく、見様見真似です。失敗しても気にならなかった。わからないことがあれば本を読み、人に聞き、また手を動かす。「気づいたら時間を忘れて作業していました」と、井萱さんは当時を振り返ります。
暮らしのすぐそばに土があった。それが井萱さんと畑の最初の接点です。
誰もやらない畑が、いつかなくなる──趣味を仕事に変えた理由
「誰もやらない畑を見ていると、いつかなくなってしまうんじゃないかって...」。土地を守るため、家庭菜園で終わらせず仕事に。営農の始まりでした。
井萱さんが厚木市に住み始めたのは、結婚がきっかけでした。夫の実家は元々農家で、畑も農機具も、すぐそばにある環境です。けれど、その畑に手をつける人は誰もいませんでした。
「誰もやらない畑を見ていると、いつかなくなってしまうんじゃないかって。生存本能が働いたというか」と、井萱さんは笑いますが、その言葉には切実さがにじんでいました。農地を所有するだけでも、維持管理には費用と時間がかかります。他で働きながらでは、その両方が足りない。
ならば趣味の家庭菜園で終わらせず、仕事にしよう。そう考えた動機のなかには、土地を守るための費用を自分で稼ぎたいという思いもありました。
土地への責任感と自立への意志
そしてもうひとつ、井萱さんを突き動かしていたものがあります。会社に依存する働き方ではなく、自分の手で暮らしを組み立てたい。IT業界を離れてからずっと、その思いは静かに育っていました。土地への責任感と、自立への意志。2つの動機が重なったとき、家庭菜園は「趣味」から「仕事」へと姿を変え始めます。
やがて子どもが成長し、自分の時間を少しずつ持てるようになりました。それを機に井萱さんは、JA主催の農業塾の門を叩きます。家庭菜園の延長ではなく、「農業」をちゃんと学んでみよう。そう思ったのが、農家への最初の一歩でした。
自然栽培の理想を手放す──農業塾で知った現実
オーガニック先進国と日本とでは気候に起因して環境が違う。虫が越冬できてしまうという現実に直面し、苦しみの時期を経て、自然農法をやめることを許すこともとても大切だと気付いた、と言います。
農業塾で学び始めて、井萱さんは壁にぶつかります。慣行栽培の収量や秀品率は、それまで家庭菜園で親しんでいた自然栽培とはまるで違っていました。動物性堆肥を使わず、草マルチや糠、くん炭で土を育てる。「それが正しいと思っていた時期がある」と、井萱さんは振り返ります。
けれど、ある時ふと気づいたことがありました。
「自然農法の生産物で生きている人がいなかったんです。教えている人はいるけど」(井萱さん)
日本の気候は、ヨーロッパなどオーガニック先進国とは前提が異なり、冬でも虫が越冬できてしまう。同じやり方では、同じ結果にはならない。理想と現実のギャップを受け止められない時期もあったといいます。けれど井萱さんは、こだわり続けることで感じていた苦しさに、素直に向き合うことを選びました。
「自然農法をやめることを許すことも、とても大切だと思います」と語る井萱さんの言葉には、自分自身と静かに折り合いをつけた人の落ち着きがありました。
「私でもできるかも」と思えた瞬間
そんな井萱さんの次なる転機になったのは、JA経由で紹介された研修先の農家との出会いです。
非農家から認定新規就農者となり、小規模ながら年商1,000万円を超える経営をしている人でした。その農家から教わったのは、「苗は100本、1,000本、10,000本の単位で育てればお金にできる」という考え方です。売上をどう立て、経費をどう抑えるか──それまで経営的な視点を持っていなかった井萱さんにとって、農業の見え方が一変する瞬間でした。加えて「野菜を育てるのが上手だね」と褒められたことも、就農への背中を押してくれました。
家庭菜園の延長ではない、農家としての道が見え始めた出会いでした。
4年目、まだ食べてはいけない──それでも続ける理由
「4年目を迎えますが、まだ生計を立てられるほどの利益は出ていません。黒字ではありますが」と、井萱さんは少し笑いました。野菜の値段を2倍にできれば1人分の生計は立てられる、というのが現時点での試算です。「最低200円で全部が売れたらいいなとは思う」とも。農業のリアルは、やはり甘くありません。
撤退できる余白を視野に入れた経営
家計としては、共働きの夫の収入がある。だからこそ井萱さんは「いつでも撤退可能ラインでやる」と決めています。無理な借金はしない。
ハウスを建てた際のローンも、現金一括で返済できる状態で借りました。それでも、保冷庫2台、管理機2台、ハウス、年間数十万円分の資材代。井萱さんの実感では、小さく始めても300万円は必要だといいます。撤退できる余白を持つこと自体が、農業を続けるための戦略なのです。
規模を大きくすれば収益は上がるかもしれない。けれど井萱さんが選んだのは、多品目・少量生産の道でした。その根底にあったのは「飽きっぽいことと、休まず店頭にお野菜を並べたい思いがあったから」という本音です。大規模や特化型には多額の初期投資と人手が必要です。あえてその道を選ばず、自分の性格と体力に合ったやり方を探った結果でした。
畑の野菜を食卓の彩りに変える
井萱さんのInstagramに掲載されているレシピ。@igachan_farmのストーリーからご覧になれます。
現在の販路は、JA直売所2店舗と民間の直売所1店舗、週1回の無人販売、そして個人レストラン2店舗。レストランとの取引は「お話するうちにお仕事の依頼を受けた」という、人とのつながりから自然に広がったものです。直売所では手書きのポップで食べ方を提案し、Instagramでは食卓に並んだ姿を発信しています。野菜そのものではなく、その先の食卓を見せる──それが井萱さんの売り方です。
よくがんばったね、と言える日まで──就農前の自分への言葉
就農前の自分に声をかけるとしたら、何を伝えますか。
その質問に井萱さんは、「よくがんばったねでしょうか」と、控えめながらも答えてくれました。
それは農家になってからの自分ではなく、なる前の自分に向けた言葉でした。IT業界を離れ、子育てをし、家庭菜園を経て、自然栽培の理想と向き合い、農業塾の門を叩くまで。農家になるまでの道のりこそが、一番長かったのかもしれません。
向いているのは「農業に期待しすぎない人」
では、どんな人が農業に向いているのか。井萱さんの答えは明快でした。「農業に期待しすぎない人」。
天候不順、資材高騰、それでも野菜の値段は上がらない。毎年たくさんの問題にぶつかる中で、「今、目の前のことに集中できることがとても大切」だといいます。「農法にこだわりすぎる方も厳しさを感じるかもしれない」という言葉には、かつて自然栽培にこだわり苦しんだ井萱さん自身の実感がこもっています。
一人で踏み出さなくてもいい
一方で、井萱さんの歩みを振り返ると、一人で踏み出したわけではなかったことに気づきます。
JA新規就農支援センターでは、認定農家に必要な5年間の作付け計画の作成を手伝ってもらいました。厚木市ではJAと農政課が連携しており、就農の窓口もJAの中に設けられています。近隣の藤沢や伊勢原からこの地を選んで就農する人もいるほど、支援体制が整った地域です。
「目の前のことから逃げなければ、多分解決していくんでしょうね」。
取材の終わりに、井萱さんはそう語りました。やり続けていれば、結果として残っていく。農業塾も、研修先の農家との出会いも、支援センターも、すべて誰かの力を借りたことで前に進めた一歩でした。農業を始める一歩は、一人で踏み出さなくてもいいことを、井萱さんの歩みが教えてくれます。
- 井萱さんの畑の日常はInstagramで
記事中でも触れた手書きのポップや食卓の提案は、井萱さんのInstagramで日々更新されています。365日出荷し続ける畑のリアルな姿がご覧いただけます。
▶Instagram:@igachan_farm
当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されています。
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