農業体験の終わりに「帰りたくない」と言い出す中学生がいます。茨城県鉾田市のハチワレ菜園・三保谷智浩(みほや・ともひろ)さんが実践するのは、猫のキャラクターや商標登録、自作のホームページで農業の見え方そのものを変えるという取り組みです。
大がかりな仕組みではなく、農家一人の工夫と遊び心から始まったその発信術には、次世代との接点づくりのヒントが詰まっています。
「帰りたくない」が生まれる農業体験
茨城県鉾田市。農業産出額で全国上位に位置するこの街では、地元の中学校の1年生が毎年6月、2日間にわたって農業体験に参加します。受け入れ農家は約10軒。全校1学年およそ80人の生徒が数名ずつ振り分けられるなかで、最も多い14人を引き受けるのがハチワレ菜園の三保谷さんです。
取材に応じてくれた三保谷さん。農家のかたわら、鉾田市教育委員会の教育長職務代理者も務めている
中学生の体験専用に小松菜を栽培
受け入れを始めたのは約7年前、三保谷さんの長女が中学1年生になった年でした。途中コロナ禍で1年の中断を挟みながらも、毎年欠かさず続けています。
ハチワレ菜園の主力はパクチーと春菊ですが、これらは収穫に技術がいるため、体験用には小松菜を専用で栽培しています。依頼が届くのは体験の約1ヶ月前。そこから逆算して種をまき、生徒たちが収穫できる状態に仕上げておきます。
収穫から出荷準備まで全部やらせる
体験の初日、生徒たちはビニールハウスに入り、小松菜の収穫から始めます。最初はおそるおそる手を動かしていた子どもたちも、1時間ほど経つと目に見えて動きが変わってきます。途中、三保谷さんが「おやつにするぞ」と声をかけても、「要らない」と手を止めない子が出てくるほど。
小松菜の収穫に夢中になる生徒たち。顔のイラストもハチワレ菜園のオリジナルキャラクター
(ハチワレ菜園HPより)
2日目の午前中は、前日に収穫して冷蔵庫で保管しておいた小松菜の袋詰めです。
ここで三保谷さんが生徒たちに求めるのは、商品としての完成度です。不要な下葉を取り除き、株元をきれいなタオルで拭き、一袋ずつ仕上げていく。「これは汚いな、誰が取った?こんなのお客さんにはあげられないよ」と、三保谷さんは遠慮せず、一人ひとりの仕事にプロの目を通します。
優しく促すだけではなく、ストレートに声をかける。その距離感を、ある教師は「学校の先生より先生みたいですね」と評したそうです。
2日目は袋詰め作業。収穫した小松菜を一袋ずつ商品に仕上げていく
(ハチワレ菜園HPより)
こうして500〜800袋の小松菜が完成し、箱詰めされ、出荷できる状態に整えられます。完成品は職員室に届けられ、生徒たちは一人2袋ずつ持ち帰ります。収穫から袋詰め、出荷準備まで。その全工程を自分の手でやり切らせるのが、三保谷さんのやり方です。
自分から語りたくなる体験へ
午前中で体験は終了し、午後には学校の授業が待っています。それでも「帰りたくない」と言い出す生徒が出てきます。三保谷さんの返しはシンプルです。「早く帰れ、給食だろ」。その一言で送り出します。
体験の影響は、畑の外にも広がっています。親御さんから「お世話になりました」と声がかかったり、体験をきっかけに祖父母の農業を手伝い始めた子がいたりと、反応は一つではありません。共通しているのは、農作業が「やらされたもの」ではなく、自分から語りたくなる体験に変わっていることでした。
認知の壁を壊す「非・農家」的ブランディング
農業体験で子どもたちの心を動かすハチワレ菜園ですが、その入り口を作っているのは農業そのものではありません。三保谷さんが「遊び」と呼ぶ一連のブランディングが、農業の手前にある認知の壁を壊しています。
猫と商標で、農業の入り口を変える
出発点は、自宅で飼っているハチワレ猫の「ミルク」でした。この猫を見て「この子を社長にしよう」と思い立ち、農園のキャラクターが生まれました。
三保谷さんはボールペンで原案を描き、スキルマーケットで見つけたイラストレーターに送って仕上げを依頼しました。1点あたりの費用は5,000円ほど。現在はそのイラストレーターと直接やり取りをしながら、必要なイラストを増やしています。
商標登録された「ハチワレ草」。中身はパクチーだが、名前もパッケージも三保谷さんのオリジナル
キャラクターと並ぶもう一つの柱が、作物そのものの名前を変えるという戦略です。三保谷さんは自社のパクチーに「ハチワレ草」というオリジナルの名前を付け、商標登録しました。
本人はこれを「シーチキン化計画」と呼んでいます。ハゴロモフーズがツナ缶に「シーチキン」という独自の商品名を付けて定着させたように、パクチーとは何の関係もない名前をあえてかぶせることで、自分だけのブランドを作るという発想です。
こうしたブランドの世界観は、パッケージやグッズにも徹底されています。自らデザインしたオリジナルの段ボールのほか、キーホルダーやミニ旗、名刺もすべて三保谷さんの手で作られたものです。
これらは販売を目的としたものではありませんが、農業体験では段ボール箱が生徒たちの間で取り合いになるほどの人気で、「猫の箱が欲しい」という声が上がるといいます。
箱を開けると猫のイラストが顔を出す。三保谷さんの遊び心が満載
売るために作ったのではないものが、結果として世代間を問わず人を引きつけている。
農家らしくないホームページの狙い
ハチワレ菜園のホームページも、業者には頼まず三保谷さんが一から作り上げたものです。

ハチワレ菜園トップページ。「美しい野菜をつくる その野菜は美しいですか」のキャッチコピーも商標登録している
(ハチワレ菜園HPより)
制作にあたって、三保谷さんはまず他の農家のホームページを片っ端から見て回りました。そこで感じたのは、どのサイトも似ているということでした。
「大体みんなで万歳している」。同業者が見れば職人としての凄みが伝わるページでも、農業と接点のない人が見たときに何が伝わるのか。しかも多くのサイトは一度作ったきり更新が止まり、道端の看板のような存在になっていました。
三保谷さんが目指したのは、農業を知らない人にもわかりやすく、子どもが見ても楽しめるページです。発信の柱は二つ。ハチワレ草というパクチーのブランド化と、エンタメ要素。農業の情報だけでは更新が続かないが、エンタメの要素が加わることで「うまく回り始める」。それが三保谷さんの実感です。
「ハチワレ小説」という自己紹介

ホームページ上で公開されている「ハチワレ小説」。三保谷さんの半生が包み隠さず綴られている
(ハチワレ菜園HPより)
ホームページにはもう一つ、異色のコンテンツがあります。「ハチワレ小説」と題された、三保谷さんの自叙伝です。ホスト時代のことから、挫折や恋愛まで。農業とは直接関係のない過去が、包み隠さず綴られています。本人いわく「私のトリセツ。あれを読んでもらえればもうわかります」。
元々は、三保谷さんという園主を知らない遠方の人に向けて書いたものでした。ところが実際には、地元の中学生にまで読まれていました。「なんでお前ら読んでるんだよ」と驚いたそうですが、結果として元ホストであることも地域では周知の事実になっています。
経歴を隠さずさらけ出すことで、三保谷さんという人間に対する興味が生まれ、それが信頼の入り口になっています。農家としての実力を示す前に、まず「この人は何者なのか」を知ってもらう。そのための手段として、自己開示は機能しています。
現役農家ができる次世代への種まき
キャラクターや商標で農業の見え方を変える一方で、三保谷さんが大切にしているのは、目の前の子どもたちとの距離の詰め方です。
「一個話が合えば、全部入ってきてくれる」
農業体験の現場では、作業の合間に鬼滅の刃やインスタ、地球グミといった話題が自然に飛び交います。三保谷さん自身がそれらを楽しんでいるからです。おやつタイムに出すお菓子も、「自分の子どもだったら欲しいよね」という基準で選びます。
「子どもが好きなものは、自分がまず覚えるなり好きになるのが一番早い」と三保谷さんは言います。農業の知識を一方的に教えるのではなく、共通の話題から入る。「一個話が合えば、全部入ってきてくれる」。この感覚は、農業体験に限った話ではないはずです。
若者との接点に悩む農家にとって、まず自分から相手の世界に踏み込むという姿勢は、最も手軽で確実な一歩といえます。
「うちで働きたいという子が来るかもしれない」の先に
三保谷さんの同級生で農家を継いだのは、約3割。「勤めた方がマシだ」と親が子どもに言うケースも珍しくないといいます。
三保谷さん自身も、後継者の問題とは無縁ではありません。「若い子を入れたい」という思いはあるものの、求めているのは単なる労働力ではなく、「ただ仕事としてやるんじゃなくて、本当にいいものを作りたいと思える人」です。
三保谷さんには娘さんが3人います。しかし、農家を継げとは言いません。自身が幼い頃から「百姓をやれ」と言われ続け、将来の夢を持つことすら許されないように感じていた経験があるからです。
それでも、可能性の芽はあると考えています。「農業体験をきっかけに、農業への見方が変わって、うちで働きたいという子が来るかもしれない」。農業体験や発信を通じて種をまき続ける理由は、その「かもしれない」の先にあります。
取材協力:ハチワレ菜園
所在地:茨城県鉾田市舟木35-1
代表:三保谷智浩
主な作物:パクチー(ハチワレ草®)、春菊、小松菜
認証:JGAP認証農場(登録番号080000177)
HP:https://www.hachiwaresaien.com/
当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されています。
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