全国有数の野菜産地として知られる茨城県鉾田市。この地でパクチーや春菊、小松菜などを栽培する「ハチワレ菜園」代表の三保谷智浩(みほや・ともひろ)さんは、遊び心のあるブランドづくりを楽しむ一方、データに基づく仕組み化で経営を組み立てる実践家です。
その土台には、現場で重ねてきた数々の失敗と、それをプラスに変えてきた行動力があります。三保谷さんの実践から、農業経営のヒントを探ります。
記録することの重要性|記憶に頼る農業からの脱却
ヨトウムシを駆除しきる前に、次の種を蒔いてしまう。すると新しい芽まですべて食べられてしまう。三保谷さんはかつて、そんな失敗を繰り返していました。
「去年どのハウスで何の農薬を使ったか」。記憶に頼る農業では、同じミスを防ぐ手立てがありませんでした。
ヨトウムシの教訓と3冊の手書きノート
この経験からつくり上げたのが、現場に3冊の手書きノートを持ち込む体制です。メインの作付けノートを軸に、消毒内容を記録するノート、播種工程ごとの肥料・農薬を記録するノートが補助として連動し、3冊が揃って初めて、いつでも過去の作業を振り返れる仕組みが完成します。

三保谷さんの記録ノート。失敗の原因や次年度への注意点が、現場の言葉で書き込まれている。
ノートには失敗の原因だけでなく、「ヨトウムシを駆除してから蒔け」といった次年度への具体的な警告、いわばクリア条件も書き込みます。過去の失敗にいつでも立ち返れる、この仕組みが三保谷さんの農業経営の土台となりました。
「手書きじゃないと意味がない」─記録がJGAPにつながるまで
「これは手書きじゃないと意味がないんですよ」と、三保谷さんは言い切ります。ノートに書く行為そのものが、その日の作業を振り返り、次に何をすべきかを考える時間になっている。記録することと考えることが、20年の蓄積の中で一つになっているのです。
一方で、売上の単価分析はエクセルで行い、農薬の在庫管理にはスマホ入力とPC連動の仕組みも自作しています。
栽培管理は手書きにする一方、売上や市況の分析は「エクセル」でデータ化。デジタルとアナログを合理的に使い分けている。
デジタルを否定しているわけではなく、何を手書きで、何をデジタルでやるか。現場での試行錯誤の中でたどり着いた使い分けです。
こうした記録の習慣を続けていたある日、JGAPの関係者から「三保谷さん、それならJGAP取れますよ」と声をかけられます。
認証のために始めた管理ではなく、失敗を繰り返さないための記録が、積み重ねの結果としてJGAPの基準を満たしていました。
記録から需要を予測する|「作って捨てる」からの脱却
かつて三保谷さんは、主力だった小松菜の作付けを増やした時期がありました。しかし周囲の農家も一斉に小松菜を作り始めたことで価格は暴落。年間の作付けでおよそ100回分もの作物を、自らトラクターですき込んで廃棄するしかありませんでした。
時間をかけて育てたものを、時間をかけて潰す。その経験が、勘や流行に頼る農業からの転換点になったと言います。
毎日つけた市況グラフ
約4ヘクタールの敷地に整然と並ぶハウス群。50mだったハウスを100m超に改修することで、換気や温度管理の手間を削減した。(写真:三保谷さん提供)
三保谷さんが始めたのは、JAから毎日届く市況データをエクセルに入力し、作物ごとの単価推移をグラフ化するという地道な作業でした。続けていくうちに見えてきたのが「市場の天井」です。
最高単価がある水準から上がらなくなったとき、それは市場が「もうこれ以上は買わない」と示しているサイン。分析対象は直近3年分に絞っています。「それより前のデータは、もう時代が変わっている」という判断からです。
データが導いた転作の決断─小松菜からパクチーへ
三保谷さんが作成した小松菜の価格推移グラフ。(三保谷さん提供資料)
グラフが示す「天井」を読み取った三保谷さんは、小松菜の比重を下げる決断をします。まずほうれん草へ、そしてパクチーへと、主力作物を段階的にシフトしていきました。一気に切り替えるのではなく、比重を少しずつ変えながらリスクを管理する。データに基づいた、段階的な経営判断でした。
データを集めること自体は、多くの農家にとっても身近な取り組みです。三保谷さんが一歩踏み込んだのは、そこから自分の作物が飽和状態にあると読み取り、実際に作付けを変える判断にまでつなげたことでした。

底値の停滞から市場の飽和を読み取り、パクチーへの転作を決断した。(三保谷さん提供資料)
三保谷さんの強みは、自らの手でデータを積み上げてきたからこそ、その数字が示す現実を受け止め、行動に移せたことにあります。結果として、かつて年間約100回分にも及んだ廃棄は、現在ではほぼなくなりました。
一方で、データで経営の方向性を定めても、それを日々の現場で動かすのは人の力です。
三保谷さんが次に向き合ったのは、チームづくりという課題でした。
外国人材と共に働く─失敗が教えてくれたチームのかたち
ハチワレ菜園では、年間を通じて安定した労働力を確保するため、外国人材の受け入れを始めましたが、当初はトラブルが続出しました。かつて雇用していた外国人男性は、最初は真面目だったものの、次第に作業の手順を省くようになります。

肥料の手順省略、髪の毛混入…現場で起きたこと
肥料の散布では、大粒と小粒をブレンドして機械でかき混ぜますが、小粒は最後に入れないと底に落ちてしまいます。その手順が守られなかった結果、ハウスの半分だけ肥料成分が偏り、生育に異常が出ました。
原因がわからず「全部のエリアで何でだろうってずっと思ってた」と、三保谷さんは振り返ります。結果的にその時期の反収は約3割も落ち込んでしまいました。
また、パセリを栽培していた過去には、髪の毛が作物に混入し市場からクレームを受けた痛い教訓もありました。この経験から、現在は外国人を含む全従業員に帽子着用を衛生ルールとして徹底しています。
作業場に掲示された衛生・安全ルールのイラスト。言葉の壁がある外国人従業員にも直感的に伝わるよう視覚化し、異物混入などのトラブルを未然に防いでいる。
三保谷さんはこれらの経験を通じて「雇われと経営者では考え方が違う。ただそれは日本人でも同じかもしれない」と、雇用における構造的な課題に気づかされたと言います。
「稼ぎたい」に寄り添う。透明なルールとフラットな関係
三保谷さんは、外国人従業員が日本で働く本質的な目的が「母国に仕送りするために稼ぎたい」ということを理解しています。その思いに応えるため、日本人と同等の労働基準である「特定技能」制度を採用し、出勤時間を入力すれば自動計算される給与明細を自作して、透明性の高い評価環境を整えました。
生活面でも、彼らの文化や事情に寄り添っています。旧正月(春節)や一時帰国で休みたいと言われれば柔軟に認め、母国の家族との連絡に欠かせないWi-Fi環境も整えました。
給与やルールの透明性は徹底する一方で、「誰の誕生日でもない日にケーキを買ってきて驚かせることもある」と笑う三保谷さん。
こうした「稼ぎたい」という目的と誠実に向き合い、フラットな関係を築いてきた結果、他の農家では従業員が途中で離れてしまうケースもある中、ハチワレ菜園では高い定着率を維持しています。それが安定した経営の基盤にもなっています。
「現状維持は衰退」から始まる経営のかたち
三保谷さんの歩みをひも解くと、自身の泥臭い失敗をノートに「記録」して仕組みに変える力、市況データから動きを「予測」して思い切って作付けを変える力、そして透明なルールと対話でチームと共に「実行」する力という、3つの要素が浮かび上がります。
これら「記録・予測・実行」のサイクルを絶えず回し続ける総合力こそが、不確実性の高い現代の農業を生き抜くための経営力の土台なのかもしれません。

取材の中で、三保谷さんは「現状維持って要するに衰退なんですよ」と語っていました。過去の成功体験や勘に固執せず、失敗とまっすぐに向き合いながら自ら変化を起こし続ける。その姿勢に、明日からの経営をより良く、しなやかにするためのヒントをもらったように感じます。
取材協力:ハチワレ菜園
所在地:茨城県鉾田市舟木35-1
代表:三保谷智浩
主な作物:パクチー(ハチワレ草®)、春菊、小松菜
認証:JGAP認証農場(登録番号080000177)
HP:https://www.hachiwaresaien.com/
当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されています。
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