マタニティハラスメント(マタハラ)、モラルハラスメント(モラハラ)等々、最近「○○ハラスメント」という言葉を耳にすることが多くなりましたが、このハラスメントという言葉は「嫌がらせ」という意味です。セクシャルハラスメント(セクハラ:異性にとって性的に不快な環境を作り出すような言動をすること)が有名で、モラルハラスメントというと「モラルによる精神的な暴力、嫌がらせ」ということになります。
職場におけるハラスメントの代表的なものは、セクハラとパワーハラスメント(パワハラ)ですが、農業の現場でも一般企業と同様にこれらのハラスメントに起因する様々な問題が起きています。
パワーハラスメントとは
最近、ある農業経営者から次のような質問を受けました。「同業仲間が従業員にパワハラで訴えられました。私も短気な性格で、頭に血が上ると従業員を怒鳴ったりするのは日常茶飯事なので心配です。具体的にいったいどんなことをするとパワハラになるのでしょうか。」。
まず、知っておきたいのは、パワーハラスメントの法律上の定義はないということです。パワーハラスメントという言葉は和製英語(造語)であり、平成14年頃からマスコミ等で取り上げられるようになってから急速に広まりました。パワーハラスメントは、法律に定義が規定されているわけではなく、パワーハラスメントがあった場合の法律上の効果が規定されているわけではありません。
しかし、法律上の定義がないからといっても職場でパワーハラスメントがあった場合には、①モチベーション低下リスク、②人材の流出リスク、③労災申請リスク、④損害賠償請求リスク、⑤企業の信用低下リスクなど、さまざまなリスクが生じることが考えられ、これらのリスクを避けるためにも、また、職場において適切な業務指導を行うためにも、いわゆる「パワーハラスメント」とはどういうものか理解しておくことは大切です。
厚生労働省「職場のいじめ、嫌がらせ問題に関する円卓会議 ワーキング・グループ」は、平成24年1月、パワーハラスメントを「職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性(上司から部下に行われるものだけでなく、先輩・後輩間や同僚間などの様々な優位性を背景に行われるものも含まれる)を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう」と定義した報告を行いました。
また、同報告には、パワーハラスメントに当たりうる行為類型として、①身体的な攻撃(暴行・傷害)、②精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言)、③人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)、④過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不能なことの強制・仕事の妨害)、⑤過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)、⑥個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)の6類型を提示しています。
なお、この報告は「定義の試み」をしたものに過ぎません。違法性を有する可能性の高い典型的な行為を抽出したものですから、この定義に該当すれば違法性を有する可能性が高いと考えられますが、該当しなければ違法性を有しないということではありませんので注意が必要です。
パワーハラスメントの裁判例(名古屋南労基署長事件:名古屋高判平19年10月31日)
原告(自殺したAの妻)が被告(国:名古屋南労基署長)に対し、労災保険法に基づく遺族補償年金及び葬祭料の支給を請求したが、不支給決定を受け、審査請求、さらに再審査請求をしても裁決されなかったため、訴訟を提起し勝訴したものです。
<争点となった上司の行為>
以前に注意したことについて改善がみられないとして、幾度も呼び出し、他の課員にも聞こえるような場で厳しく指導を行い、場合によっては、「主任失格だ」、「お前なんか、いてもいなくても同じだ」、といった発言もあった。また、職場で結婚指輪をはめていることが注意力低下を招いているとして、Aのみに対し、呼び出し面談の際に、「目障りだから、そんなちゃらちゃらした物は着けるな、指輪は外せ」、といった発言をした。同様の発言は、少なくとも2回行われた。
<判旨>
上司は、Aに対して「主任失格だ」、「お前なんか、いてもいなくても同じだ」などの文言を用いて感情的に叱責し、かつ、結婚指輪を身につけることが仕事に対する集中力低下の原因になるという独自の見解に基づいて、Aに対してのみ・・・複数回にわたって、結婚指輪を外すよう命じていたと認められる。これらは、何らの合理的理由のない、単なる厳しい指導の範疇を超えた、いわゆるパワーハラスメントとも評価されるものであり、一般的に相当程度心理的負荷の強い出来事と評価すべきである。
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