人口停滞・米価低迷期の切り札として誕生した室町・江戸の特産品
「地理的表示」(GI : Geographical Indication)は地名と産品名が組み合わさった農水産物・食品の名称で、名称を聞けば特性や産地を思い浮かべることができるものを指す。地理的表示保護制度とは、地理的表示を地域共有の財産として国に登録し、登録後は日本の真正な特産品として登録標章「GIマーク」をつけることができるようになり、偽物が出回ったときに国が取り締まるというメリットがある。世界100カ国を超える国で導入されている地理的表示保護制度は、日本では平成26年に法律が成立し、平成27年6月から申請を受け付け、現在12産品が国に登録されている。地理的表示保護制度とは何か? 農産物の地域ブランド戦略にどう活用できるか? 民間農業コンサルタントとして6次産業化プランナーや地理的表示保護制度活用支援窓口の統括アドバイザーを担当する立場から、3回にわたり制度活用について考察する。
日本は南北に細長く変化に富んだ気候や風土に恵まれ、各地で多様な農林水産物や食文化、伝統技術が伝えられてきた。「特産品」は古代から存在し、飛鳥〜奈良時代には米や布以外の農水産物も地方ごとに品目を定め、税として中央政府に納められた。室町時代には二毛作や種子・施肥の技術が進歩し、収益の高い瓜・大根・ナス等の野菜や、茶・綿・麻・漆等の商品作物の栽培が始まった。江戸時代には各藩が税収アップを求め殖産興業を推進し、「諸国産物見立相撲」(図1)に見られるような全国的に名高い特産品が消費地に向けて販売された。
特産品が発達した室町時代と江戸時代中期は、人口停滞期で米価が低く、耕地面積も拡大しなかった。限られた土地で農水産物の収入を上げるには、新たな価値を提供し需要を創らなければならない。今日、日本の各地に残っている特産品は、人口停滞・米価低迷期における付加価値向上と地域振興の必要に迫られて生み出されてきた。ここ数年の農水産業の外部環境にも共通することから特産品の意義を再認識させられる。そして、地理的表示保護制度には、この特産品=地域ブランドの信用を守る本質的な特徴がある。
地理的表示保護制度の本質的な特徴 ①「品質保証」
江戸時代にも、類似商品や偽物商品は大量に出回った。安い酒を「極上正宗」「極上剣菱」の味にする秘伝書も現存するように、偽装は昔から頭の痛い問題だったのだ。
地理的表示保護制度が従来の他の地域ブランド制度と異なる最大の特徴は、「品質保証」の仕組みを持っていることだ。生産者団体は、地名と産品名が組み合わさった名称(地理的表示)が示す生産地の範囲や品質等の基準を自ら定め、これらを名称とともに登録申請し、登録された後は団体に属する生産者が基準を守って生産しているか管理を行う(図2)。さらに生産者団体が設定した基準を満たした産品だけにGIマークをつけることにより、産品に対する消費者の期待を裏切ることなくブランドの信用を守ることができる。なお、これまで培われてきたブランドの信用を守るための仕組みであるため、産品が一定期間(概ね25年以上)生産されていること、名称が実際に使用されていることが制度の要件となっている。
地理的表示保護制度の本質的な特徴 ②「産品の特性と産地との結びつき」
本質的な特徴として次に挙げたいのは「特性と産地との結びつき」だ。まず産品について、公表されている審査基準では、「同種の農林水産物等と比較して、差別化された特徴が説明されていなければならない」とある。どこでも栽培できる特に特徴のない産品ではなく、品質や社会的評価等の特性の他地域との違いを説明する必要がある。例えば、この産地で作った産品は他産地に比べ旨みが強い、食感がホクホクする、卸売市場での取扱単価が高い、受賞歴がある…といったことだ。つまり、産品の特性とは消費者に提供するアウトプットとして、どのような価値が提供できるかだ。
次に、産品の特性が、産地とどのように結びついているかの説明が求められる。寒暖差・土壌・水温といった自然条件や産地独自の伝統製法、また産地が選択してきた品種や生産方法の組合せといった「インプット」が産品の特性というアウトプットとどのように関係しているかを説明することになる。
産地との結びつきを考えるうえで頭を悩ませる場合がある。一つには、特性や産地との結びつきを定義すると、それは生産者団体の定める基準として管理の対象となることだ。もう一つは、農水産業が自然相手であり、生産方法を守っていても品質が変わってしまうことだ。糖度センサーのように非破壊で設定した基準に選別できれば良いが、そのような基準が品質の全てではないし、地理的表示保護制度の本質は特性(アウトプット)に寄与する地域の結びつき(インプット)を管理することにある。
「品質保証」「特性と産地との結びつき」は地理的表示保護制度特有の考え方だが、地域ブランドの価値の源泉を見直し戦略やストーリーを再構築するには良い枠組みである。6次産業化が点や線としての取組みだとしたら、地理的表示保護制度は地域ぐるみの面の取組みと位置付けられる。次回コラムでは制度を活用した戦略について考察する。
注)本コラムは農水産物のブランド戦略から制度を考察するもので支援窓口(GIサポートデスク)の公式見解ではありません。
当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されております。
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