最近になってアニマルウェルフェアを新聞や雑誌で見かけるようになりました。 NHKの30分番組でも取り上げられたくらいです。このように注目され始めた背景には、2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピック競技大会が大きく関係しています。実は、東京オリンピックで選手や関係者に提供される畜産物はアニマルウェルフェアに配慮されて生産されていることが条件となっているのです。2012年のロンドン大会、リオデジャネイロ大会でもそのような畜産物が提供されています。 東京大会では、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(組織委員会)の食材調達コードに合格をしなければ提供できません。農林水産省が公益社団法人畜産技術協会に委託して作成した「アニマルウェルフェアの考えに対応した家畜の飼育管理指針」に適合することが求められています。食材を提供したい生産者は、JGAP (Japan Good Agricultural Practice)の工程管理に基づく品質保証の認証を受ける必要がありますし、農林水産省もそのような食材を確保したく、積極的に導入をすすめています。このような動向は今後のコラムで紹介していきます。今回の第1回目では、アニマルウェルフェアについて簡単にご紹介します。
英語ではAnimal Welfare、それをカタカナにするとアニマルウェルフェア、日本語に訳すと家畜(動物)福祉となります。アニマルウェルフェアとは、最終的には肉にされる家畜ですが、産まれてから屠畜されるまでの間、できるだけストレスを抑えて飼育、輸送、屠畜しようとする考え方です。一般の方にとっては犬や猫のペットは身近でしょうが、遠く離れた場所にいる牛や豚や鶏のような家畜への関心は薄いでしょう。しかしスーパーに行けば家畜は必ずどこにいます。肉や牛乳や卵に姿を変えているので、家畜という意識は欠如しているかもしれませんが、日々口にしています。食べています。肉は生きていた家畜の一部であったこと、牛乳や卵は家畜が生み出したものであり、それを飼育されている生産農家がいることを頭の片隅にでも置いて食していただきたいと思います。
スーパーや寿司店などでマグロの解体ショーをご覧になった方もいらっしゃると思います。職人がお客さんの目の前で大きな魚を人が食べやすい大きさにまで、見事な包丁さばきで切ってくれます。お客さんや子どもたちもたくさん集まってじっと見つめていますし、解体された切り身を喜んで購入されます。もしマグロの代わりに牛や羊で行ったらどうでしょうか。魚のように羊の頭を落とすところを想像してみてください。きっと、かわいそうだ、動物虐待だとかいうクレームの嵐、多くの方が悲鳴を上げて逃げ惑うことでしょう。なぜ魚とは心情が違うのでしょう。魚はよくて家畜だとどうして問題になるのでしょうか。魚類と人間と同じ哺乳類ではかけ離れている?魚類は下等動物?感情移入の問題?そもそも考えたこともないからわからない?
実は、魚についてもアニマルウェルフェアの研究が始められています。「魚は痛みを感じるか?ヴィクトリア・ブレイスウェイト著,? 高橋 洋訳」には魚も痛みを感じると考えられる科学的な証拠がいくつか記されていますので、魚に関心がある方はお読みください。
ところで、痛みや苦しみを感じる能力のある動物に対し、苦痛を与えるべきではないとか、動物にも生きる権利があるのにそれを人間が奪うべきではないとして、倫理的配慮から家畜を利用するのをやめていこうという考え方もあります。これは一般的に「動物の権利」と呼ばれる思想になります。肉を食べない、卵や牛乳もやめる、毛皮もやめる、魚もやめるという様々な考え方の人がおられます。アニマルウェルフェアとは、動物の権利という考え方と違っており、家畜を人間が利用することや畜産業を否定するものでもありません。家畜を食することを止めるとか、寿命で死ぬまで飼うとか、家畜を溺愛するなどと誤解されることもありますが、そんな極端なものではありません。家畜を利用することを前提とした上で、家畜に心を寄り添わせ、客観的な観点から適切な家畜の飼育を考えようとするものです。
日本では、家畜にも福祉?どうせ殺して食べるのに家畜のことなんて考える必要があるの?と違和感を覚える人も多いようです。私たち人間も死亡率100%です。どうせ死んでしまう人間なのだから、どんな生き方や暮らしをしてもいいとはならないでしょう。家畜も人間も最後には死んでしまう同じ命ある生き物です。そう捉えると家畜だからどう扱ってもよいとはならないと思います。さらに福祉という言葉には、社会保障、社会福祉、障がい者福祉、生活保護など社会的弱者を支援するというイメージが強くあります。しかし、英語のwelfareには幸福や幸せという意味もありますが、福祉と訳してしまうとこの意味が抜け落ちてしまいます。そこで、公益社団法人畜産技術協会では、「快適性に配慮した家畜の飼育管理」と定義し、アニマルウェルフェアとカタカナ表記するようにしています。日本人には発音しづらいのですが、何回も声に出せば慣れてきます。前述したようなことを理解いただければ、家畜福祉や動物福祉と日本語で言われても構いません。家畜からみれば、人間が家畜のことを想いやってくれれば、人間がどの言葉を使っても関係ないでしょう。
近代の畜産は、生産性の向上、効率化を追及し続けてきた結果、多くの問題を抱えるようになっています。さらなる規模拡大が進み、1人当たり、農家1戸あたりの飼養頭数が増え続けています。その上、高齢化もすすみ、労働力が不足し、海外からの研修生の労働力や機械化・自動化に頼るしか方法はなく、畜産クラスターも後押しながら、給餌や搾乳作業の機械化が急速に進みつつあります。人ではまかなえない仕事を機械化で補うことができるかもしれませんが、牛の健康管理の上で管理者の観察時間の確保が大変重要になってきます。しかし牛をゆっくり観察している時間などないのが今の大半の畜産現場であって、体調不良の牛、発情やちょっとした牛の変化を見落としてしまいます。獣医師が毎日のように診療に訪れる牧場も多く、疾病の増加、繁殖性や生産寿命の低下、環境汚染などの問題も深刻化してきています。現在はこれまでの規模拡大型畜産の在り方を見直すべき時にきており、アニマルウェルフェアはこれまでの畜産の方向性を反省するものとも言えます。学術的な側面からみても、世界的にアニマルウェルフェアが研究され始めてからまだ30年程度であり、他の研究分野と比べて遅れています。また日本ではアニマルウェルフェアの研究者の数や研究費は、前述したように生産性と直接に結びつきづらいこともあって、極めて少ないのが現状です。
国際的には、次の5つの自由を満たした飼育方法をすることとも言えます。①飢餓と渇きからの自由②苦痛、傷害又は疾病からの自由③恐怖及び苦悩からの自由④不快からの自由⑤正常な行動が発現できる自由です。では、どのような飼育方法をすれば5つの自由を満たしている「快適性に配慮した家畜の飼育管理」と言えるのでしょうか。これについて次回からのコラムで解説します。
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