農業におけるITとロボティックス活用の最前線
本コラムでは、農業におけるデータ活用の最新事例や今後の動向について紹介させていただいております。第1回目の前回は、農業ITという言葉が拡がりつつある中で、具体的にデータを活用するというどういったことなのか、実際に生産者の皆さまに既に提供されているサービス事例とともに紹介させて頂きました。2回目の今回は、より具体的な最新の取り組み事例として、我々が取り組んでいる「ai tomato」というプロジェクトについてご紹介したいと思います。
大規模施設栽培におけるデータ計測、分析、活用プロジェクト「ai tomato」
前回のコラムでも、簡単にご紹介させて頂きましたが、本プロジェクトは、農水省「人工知能未来農業創造プロジェクト/AIを活用した栽培・労務管理の最適化技術の開発」に採択され、我々2社を含む参画機関7社のコンソーシアムにより、5カ年の計画で進められている、『単位収量当たりの雇用労働時間を10%以上削減』を大目標としたプロジェクトです。多元的な植物生体情報、作業記録や各作業者の作業品質、従前から取得されている環境情報など、植物を取り巻く要素をデータ化し、網羅的にAIで分析。管理者の判断の支援や、環境制御システムへのフィードバックによる自動化や省資源化、生育制御による経営リソースの効率的活用など複数のテーマを内包としています。具体的なデータ計測技術とその活用事例を紹介します。
植物の不可視ストレスを検知する「クロロフィル蛍光画像計測装置」
クロロフィル(以降、Chl)蛍光画像計測装置は、AgriWebの過去の記事、【 農業IT 】 ロボットのいる営農生活(3)において紹介されている植物の光合成機能を評価するロボットです。これの計測装置を使うと、植物の生育状況について従来の目視による篤農家の観察と主観による判断によらず、データから客観的に植物の環境ストレスを検知することができます。既にトマト、パプリカはじめ、複数の品目および複数の栽培施設に導入され活用されています。一方、この計測装置は、画像情報の取得と解析方法を変えることで、葉や茎といった植物の日単位の生長の把握も可能です。それにより、葉の量から葉かきなどの作業が適切におこなわれているかといったことや、茎の生長点の高さよりつるおろしがしっかりと高さを揃えられているかといった“作業の質”の可視化にも活用ができます。作業の質とは、作業者の熟練度を表すものです。それを理解することで、作業者の効率を高める教育も適切におこなうことができます。これらの情報を、こういった計測装置は使わずに作業管理者が把握することはかなりの負荷となりますし、そもそもロボットによる自動計測と解析の精度を人間が目視と主観による判断で行うことは不可能です。「Chl蛍光画像計測装置」などのロボットは、作業管理者に代わり、施設内を見て回り、管理者が判断に必要なデータを適切に可視化してくれます。それにより、管理者は状況の観察や考察による判断に追われることから解放され、実際にデータを活用した経営判断などに集中することができるようになります。
植物の光合成蒸散速度をリアルタイムにモニタリングする「光合成蒸散チャンバー」
次に紹介するのは、植物の光合成蒸散速度をリアルタイムにモニタリングする「光合成蒸散チャンバー」。内外の環境差を小さくできるオープンチャンバーで植物を覆い、CO2とH2Oの気体の収支差から光合成と蒸散速度などを実測します。植物は光合成によって得た光合成産物である炭水化物を葉、茎、花、果実などの器官に分配します。光合成量を把握することで、固定された炭水化物量を算出できます。植物栽培をする管理者にとっては最も重要なデータと言えるかもしれません。
作業者の熟練度向上を促す「作業管理ソリューション」
今回、最後に紹介する技術の計測対象は植物ではなく、作業者の動きや作業品質を正確に捉え、作業品質を向上される仕組みです。この仕組みは、BLE(Bluetooth Low Energy)とネットワークカメラを使い作業者の動線と作業品質などを高い時間分解能および空間分解能でデータ化し、労務管理の効率化や熟練度の見える化を通じたスキルの底上げを図るシステムです。
オランダの農業作業者は、個々の作業に特化したプロフェッショナルです。一方、日本国内の大規模栽培施設の作業者はパートタイムの労働者であり、その作業に従事している時間やワークスタイル上、オランダの作業者とは結果的にスキルやモチベーションが異なります。
日本の大規模施設園芸の運営においては、現状労務など人が最大の外乱要因になっているため、労務の効率化が与える経営上の影響は非常に大きいものとなります。
ai tomatoでは、熟練度が高い作業者の作業記録をそのまま動画マニュアルとして活用することなどを通じたスキルの底上げだけではなく、作業者ごとに得意な作業種類や気温など外的環境に関する得手不得手も見える化し、予想される環境に合せたシフト管理を実現します。
個々のシステムで得たデータ活用と、システム連携による更なる活用の未来
今回、我々が進めるプロジェクトにおける3つのデータ活用の取組を紹介しました。これらの取組は、1つ1つでも栽培効率をあげるもので、既にいくつかの生産者の方にサービスとして利用頂いているものもあります。
生産者により、栽培管理上の課題は異なり、またその経営上のKPIも異なるため、あるべき姿は生産者ごとに異なります。その課題に合せた技術の選定と現場業務への落し込みができれば、限定された農業IT技術のみでも生産性向上は実現し得ます。そのため、これらのシステムは、栽培環境における要素をデータ化するための計測手段、AI活用のためのデータフォーマットの整備と適した分析手法の選定、分析結果を活用するためのシナリオと活用方法、それぞれの視点で精査を続けています。
農業におけるデータドリブンの生産体系の構築は、ai tomato以外にも多くのプロジェクトが並走しています。将来的には、それらのプロジェクトやシステムとも多様な接点で繋がり、データを連携することで、新たな活用法やシナジーが生み出せると考えています。
第1回、第2回と我々の取り組みを紹介いたしましたが、では、データ活用先進国のオランダではどこまで進んでいるのか、次回は、オランダにおける施設栽培のデータ活用の最新動向をご紹介したいと思います。
当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されています。
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