1.なぜ地理的表示制度(GI)が大事なのか
農業が発展するためにはまず地域の資源を活かし、つぎに社会ができ、やがて集約化されて産業化する段階があります。そして食文化として根付き、世界的な拡がりをみせながら各地域や社会の問題解決につながってこそ発展したと言えるのではないでしょうか。農業に関係する世界を取り巻く状況を見ても、砂漠化・地球温暖化の進行や飽食に起因する成人病の多発など解決すべき課題があります。
遡ってみると江戸時代の日本には各藩が特産品を奨励し付加価値を高めて産業を興しました。肥料は下肥だけでなく関東の干鰯(ほしか)や菜種粕が綿花や茶・みかん畑に還元されていました。さらに緑茶や水産加工品は輸出され海外で珍重されていました。しかし明治になると日本は工業化し加工立国となります。原材料はほとんどが鉄やエネルギーと同じように大量に産出されて安価な輸入品に取って代わられていきました。コストメリットから生産物が広く普及する面でこれは仕方がなかったとしても、原材料の生産が失われていくと同時に地域の伝統や食文化まで失われていったことは大変残念なことです。
その一方で今世界からは健康的な日本食や持続可能で伝統的なライフスタイルが注目されています。地理的表示制度(GI)が大事なのは、産業面だけでなくこうした地域の食文化さらには生活文化と深く関連しているからであり、この環境保全と健康志向という持続可能な社会を目指す世界的な流れに対応するために必要なものなのです。
2.ワイン・チーズ・生ハム ヨーロッパの成功事例から学ぶ
フランスを中心としたヨーロッパでは生産者が自ら産出するワインやチーズ、生ハムなどが成功事例です。これらは付加価値の高い食品として根付き、新興国から安い原料流入に耐え、世界へ食文化やライフスタイルとして普及していきました。これらの成功要因を抽出してみると、以下のような必要十分条件が設定できると思います。
まず3点だけに絞って、必要条件をみていきましょう。
必要条件
① あくまでも地域資源を活かすこと
② 各地域内小規模事業者でも加工でき、各々の個性を品質として比較可能なこと
③ 周年供給でき輸送可能なこと
解説
①○○産(オリジン)というのは、安いからと言ってよその土地=海外産を多く使用してはいけない、ということです。原料を明確にすることは品質に対する製造責任の根本です。フランスのワインでは既に150年前にアメリカからの安価なブドウの混入に対して行政が規制を強化することで乗り切っています。品質が上がって、顧客が満足したからです。
②は各地、という部分が重要です。これは芋焼酎のように産地が少ないと比較ができませんが、日本酒や和牛は全国で作っていますので、土地ごとの比較ができます。ただし米の食味値や和牛の等級のようなランキングを目的とした画一的な品質評価ではなく、個性自体を評価するが重要です。そこにはテロワール=風土と人が味をつくる、という実に科学的には不可解なものが介在してしかるべきなのでしょう。
③は産業として成り立たせるために必要です。原料供給型の農業が難しいのは周年雇用を養っていくことができない点に尽きるので、地域づくりを行うためには周年販売して利益を上げ続ける必要があります。
ここまでが生産者の段階で必要なことです。つぎに起爆剤となるような十分要件を2つだけ抽出してみましょう。
十分条件
④ 経年で価値が上がること
⑤ マーケティング組織による活発な販売促進活動
解説
④は実は投資を呼び込むために必要です。2-3年後価値が上がるというのであれば、誰しもお金を出すでしょう。ワインはビンテージものという仕組みを作ったことが優れています。何でも新しいもの好きの日本人はこの点を見習わなくてはいけないでしょう。地域ファンドを作ってもいまひとつ盛り上がりにかけるのは、日本人が食品に対し鮮度や見かけを追及しすぎており、かつ皆と一緒が安心というように画一的な価値観を好むからです。
⑤そもそも余っていて売れないものがあってこそマーケティングが必要なのです。それには売上や人気上位だけでなく、ロングテールでいろいろなものがあったほうが面白いというようなマーケティングが必要ですし、リピーターのみを狙ってその地域内にとどまっているだけでなく、潜在的な顧客層に興味を持ってもらうことは大事なのです。
なお昨今各自治体が東京にアンテナショップをつくるのは税金のムダだと批判されることがありますが、マーケティング上十分条件となるので、決してムダではなく大事なことです。ただし生産者が団体をつくり彼らが協力して自立した活動ができることを目的とした一時的な税金投入(補助金)であるべきでしょう。
3.GIで地域をつくるのにふさわしい産品は何か
現在日本でもGIの選定が進んでいますが、やや本質から外れているように私は思います。それは地域固有、という部分に焦点があたり過ぎているからです。たとえば芋焼酎「霧島」(宮崎県)や砂丘らっきょう漬け(鳥取県)といったように確かに条件には合致するのでしょうが、GIは特別天然記念物や文化財のように発掘し保護するものなのでしょうか。本質的には将来の需要に向けてアピールしていくべきものだと思いませんか。
これにはある程度複数の地域、できれば日本各地で作られてきたものが重点的に注力されてしかるべきかと思います。
答えは意外と簡単です。日本全国で昔から多数の生産者によって作られてきており、おのおの品質にこだわりがあり、かつ原料が高い上に余剰ぎみなもの・・・すなわち米とその加工品です。
具体的には日本酒・米酢・本みりん・甘酒の4つです。うち日本酒は地域内の原料供給という課題があるものの、そもそも市場規模が大きいので、残りの3点を取り上げます。
全て米と微生物が原料であり、伝統的に正月などの時節や神事に用いられているものです。これほど日本の文化に立脚した加工食品がほかにあるでしょうか。またアルコールではないので、お子様でも誰でも安心して飲用できます。なおかつて本みりんには重い酒税がかかっていました。これを戦後大幅減税したことで家庭に大きく普及した歴史があります。このように地域産原料の使用品について大幅な減税が実現すれば奨励になるものと思われます。
①米酢
現在の世界的な日本食ブームとは実際のところサラダとしての寿司ブームです。とくに昔ながらの琥珀色の濃厚な米酢は海外の食材と合うようで、米酢の輸出は激増しており、輸入を上回っていることは以前お伝えしたとおりです。
世界中で日本の家庭ではなじみの少ない炒め調理にも多く用いられていますし、食品安全上使われることが多いため、大変有望です。
なお醸造酒も発酵が進めば最後はまろやかな酢になりますので、まさに時間をかけた最終段階の生産物と言えます。
また健康飲料としても時間をかけて天然醸造された黒酢は有望で人気があります。これらに中国産原料をつかうのはもったいない話と言えます。
②本みりん
筆者は香港への輸出事業にかかわっていますが、そこで売れる調味料は圧倒的にこの本みりんです。実に20世期初頭のパリ万博で女性や子供に大好評だった日本食品が本みりんを飲用にしたもの(=屠蘇)だったといいますし、醤油や味噌と違い麹臭さがないので、日本人だけの嗜好にとどまらないようです。
本みりんはそばつゆやたれに用いられるのみならず、料理の照りを出し、三杯酢や土佐酢などの組み合わせ調味料にも使われるなど日本食とは切ってもきれない関係があります。まさに本みりんの普及こそ日本食の普及といってよい部分が大いにあると言えるでしょう。
③甘酒(ノンアルコールのもの)
かつては現在の牛乳や豆乳、スポーツドリンクのように江戸幕府が奨励する庶民の栄養補給のための万能飲料でした。とくに夏バテ防止のため夏季に好まれて飲用されたことや飛脚が栄養補給で取り入れていたこと、武士が内職で作っていたことは意外と知られていません。
そして現在は美容ブームで女性に大変人気がありもっとも時流に乗っている米加工品と言えます。普及のためには学校給食への供給や、東京オリンピックの給水所でふるまわれても面白いかもしれませんね。
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