土地利用型農業の場合、季節によってはほとんど農作業がないという農業法人も多く、このような経営体の場合、労働者の通年雇用は一般的に困難です。しかし、最近ではこのように繁閑差が大きい経営体でも正社員雇用をしているケースは多く、また年々増えています。
1. 季節によって所定労働時間や所定労働日数に差を設ける
(1)1年単位の変形労働時間制の準用
変形労働時間制とは、労働の繁閑の差を利用して休日を増やすなど、労働時間の柔軟性を高めることで、効率的に働くことを目的とする制度です(労働基準法32条の2〜5)。
他産業においては、1日8時間又は1週40時間の法定労働時間を超えて仕事をさせた場合は、割増賃金を支払わねばなりませんが、変形労働時間制は、労働基準法で定められた手続を行えば、その認められた期間においては、法定労働時間を超えて働いた場合でも、この期間内の平均労働時間が法定労働時間を超えていなければ、割増賃金の対象として扱わないとする制度です。変形労働時間制は、仕事内容等に応じて「1か月単位」「1年単位」「1週間単位」「フレックスタイム制」があります。とくに季節や月によって繁閑の差が大きい業種が導入している「1年単位の変形労働時間制」は農業でも準用しやすく、実際に多くの経営体が利用しています。「1年単位の変形労働時間制」を準用する場合、具体的には、年間の所定労働時間を設定し、毎月の所定労働時間は仕事量に応じて案分して設定します。他産業並みに1週40時間を基本に年間の所定労働時間を設定すると約2,085時間になります。(但し、週・月・年で別途、上限があります)たとえば繁忙期は220時間、閑散期は100時間という月の所定労働時間の設定も可能でしょう。
この場合、毎月の所定賃金は、1か月平均所定労働時間分とし、所定労働時間に大きな差があっても月々の賃金は一定額支払うようにします。
(2)年次有給休暇の計画的付与
年時有給休暇(年休)は、労働者の請求する時季に与えなければなりませんが、使用者が計画的に年休となる日を指定して、事前に「年休予定表」を作成し、指定された日を「年次有給休暇の日」と定めることも可能で、これを「年次有給休暇の計画的付与制度」といいます。具体的には、労働者の個人的理由による取得のために一定の日数(5日)を確保し、これを超える日数については、労使協定による計画的付与を認めるというものです。たとえば、年休の付与日数が10日の従業員に対しては5日、20日の従業員に対しては15日までを計画的付与の対象とすることができます。
繁閑差が大きい経営体であれば、農閑期に年休を計画的に付与することにより、従業員にとっては心身をリフレッシュするよい機会にもなり、また一定の年休消化にもつながるというメリットがあります。
2. 農閑期に他社に出向に出す
出向とは、会社間の契約によって、従業員が雇用先である会社(出向元)に籍を置いたまま、子会社や関連会社、取引先企業等他の会社(出向先)の従業員としての地位を取得し、当該出向先の指揮命令下で業務に従事する形態をいいます。出向者は、出向元と出向先の両方で雇用関係が生じる関係にあり、出向者に対する指揮命令権は、出向元から出向先に移ることになります。
なお、出向は、労働者にとっては労働環境の変化等負担も多いことから、次の①から④のいずれかの目的でなければ行うことはできません。①労働者を離職させるのではなく、関係会社において雇用機会を確保する、②経営指導、技術指導の実施、③職業能力開発の一環として行う、④企業グループ内の人事交流の一環として行う。
農業法人等に雇用される労働者の中には、通年雇用が難しいという受入れ農家の事情を理由に、毎年繰り返し複数の農場に季節労働者として雇用されている者がいます。たとえば、1年のうち7か月を稲作農家に、5か月を施設園芸農家にという具合です。この場合、メインとなる稲作農家に常勤労働者として就職した労働者を農閑期に施設園芸農家に出向に出すことにより、労働者に安定した生活を提供でき、農家も安定した労働力を確保することが可能です。このケースの出向は上の条件の①にあたるでしょう。この出向の仕組みを利用することで、たとえば、冬場ほとんど仕事のない農業法人等と反対にその季節に労働力を必要として企業等が連携し、年間通して仕事を用意することで労働者の通年雇用が可能になります。
《出向に必要な要件》
(1)就業規則への記載と出向規程を用意する
出向は、一般的に会社の人事権の範疇に属することと考えられていますが、会社が一方的に従業員に対して出向を命ずることはできず、本人の同意が必要となります。ただし、就業規則等で明示されてあれば、包括的同意を得ており個人の同意は必要ないとされています。
したがって、従業員を出向させるにあたっては、あらかじめ就業規則で出向を命ずることがある旨を規定して、出向を命じる根拠と従業員がこれに従う義務があることを明確にしておく必要があります。また、具体的な出向に関する規定は、出向規程に定めておく必要があります。
(2)出向先と契約書を交わす
出向においては、出向者である自社の従業員と出向先との間に新たに雇用関係が発生します。また、出向元と出向先との間にも契約関係が発生します。出向をスムーズに実施するには、これらの契約関係で生じる様々な取り決め事項を明確に規定した契約書を交わすことが極めて重要です。出向先との契約書のポイントを次のとおりです。
イ 出向後の人事・労務管理の責任
- 出向者の管理責任の所在は出向元か出向先か
- 就業規則は出向元・出向先のどちらを適用するか
ロ 出向社員の職務内容
- その者を出向させる目的は何か
ハ 賃金等の決定事項の取扱
- 出向者の給与等にかかわる決定事項や管理をどうするか
ニ 福利厚生・健康管理等の取扱
- 社会保険の適用や定期健康診断の実施はどうするか
ホ 出向期間
- 期間を定める
- 期間の延長・短縮する際の扱い
へ 費用の取扱
- 出向者に支払う給与等の負担をどうするか
(3)労働者から同意を得る
あらかじめ就業規則で「出向を命じることがある」旨を明確に規定しておけば、包括的同意を得ていると解されているので、出向させるたびに当該従業員の個別同意を得る必要はありませんが、後でトラブルが発生しないとも限らないので、出向先での労働条件を記載した個別同意書を作成して本人の同意を得ておくことが望ましいでしょう。
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