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1.植物工場とは
国内の野菜生産をめぐっては、農業従事者の減少・高齢化の進展と最近の自然災害の増大等から、供給及び価格の安定確保が厳しさを増しています。一方、需要面では、中食需要の増加、消費者ニーズの多様化、食の安全・安心に対する意識の高まり等の変化が見られます。こうした農業を取り巻く様々の課題解決に資する生産システムとして、植物工場に注目が高まっています。
植物工場とは、施設内の温度、光、二酸化炭素濃度、養分、水分などの環境条件を自動制御装置で最適な状態に保ち、作物の播種、移植、収穫、出荷調整まで、周年計画的に一貫して行う生産システムを指します。
植物工場には、閉鎖環境で太陽光を一切使わず、蛍光灯やナトリウムランプ、LEDなどを用い、環境を制御して周年、計画生産を行う「完全人工光型」(以下「人工光型」という。)と、温室などの半閉鎖環境で太陽光の利用を基本として、雨天、曇天時の補光や夏季の高温制御技術などにより周年、計画生産を行う「太陽光型」の2種類があります(太陽光型のうち、特に人工光を利用するものについては「太陽光、人工光併用型」(以下「併用型」という。)とすることもあります)。
2.植物工場の実態
(1) 植物工場施設数
植物工場の施設数の推移は、下表(大規模施設園芸及び植物工場の施設数推移)のとおりです。全国の施設数は、2021年2月時点(一般社団法人日本施設園芸協会調)で、太陽光型(大規模施設園芸:概ね1ha以上の養液栽培施設)が170箇所、併用型が33箇所、人工光型が187箇所となっています。
前年度と比較して、太陽光型は純増減6(3件の事業停止等で減少し9件の新規増加)、人工光型は純増減なし(5件の事業停止による減少と同数の新規増加)となっています。
(2) 植物工場の現況
日本施設園芸協会が三菱総合研究所に委託し2020年9月〜12月に行った実態調査(有効回答数94票、有効回答率23.2%)の結果(概況)は次のとおりです。
■ 組織形態
太陽光型では農業者等(農地所有適格法人及び農業者)が63%と最も多いのに対し、人工光型では、株式会社(農地所有的確法人を除く。)が77%と高くなっています。その違いは、太陽光型では農地への立地が多いのに対し、人工光型では農地以外への立地が多い(注)ことから来ているものと考えられます。
(注)2019年2月の調査によると、太陽光型の8割以上の施設が農地への設置に対し、人工光型では約9割の設置が非農地の土地となっています。
■ 栽培開始年
植物工場全体で, 栽培開始年2011〜2015年が38%、2016年以降が36%を占めています。特に、人工光型では2011〜2015年の栽培開始が44%と多く、2016年以降が39%と8割強が2011年以降の参入となっています。
■ 雇用者数
通年の正規雇用者数は、全体では1〜5人未満が42%と最も多くなっています。施設当たりの正規雇用者数の平均は、併用型9.9人、太陽光型7.9人、人工光型5.3人です。また、同様のパート雇用者数の平均は、併用型47.3人、太陽光型43.4人、人工光型18.3人となっています。外国人実習生の受け入れは、全体では24%の事業者が受け入れており、特に太陽光型の受け入れ割合が高く(39%)なっています。
■ 栽培用施設面積・栽培実面積
栽培用施設面積(及び栽培実面積)の平均は、太陽光型が約2.5ha(約2.2ha)、併用型は約2.0ha(不明)、人工光型は約1.5千㎡(約2.1千㎡)となっています。人工光型で栽培実面積が施設面積より大きいのは、多段式で栽培していることが多いためと考えられます。
■ 栽培品目
全体でレタス類及びトマト類がそれぞれ39%、30%となっています。栽培形態別に見ると、太陽光型は、トマト類の割合が56%、次にその他果菜類(いちご、パプリカ、ピーマン等)24%であるのに対し、人工光型は、光の要求量が少なく、周年を通じて安定した需要があるレタス類が84%で最多となっています。
■ 生産・販売
(品目毎の生産量)
太陽光型のトマト類の栽培については、1〜2万㎡の栽培実面積の事業者が最も高い割合(52%)を占めています。単収(大玉トマト)は、約6割が20〜40kg/㎡,平均は29.5kg/㎡でした。人工光型のレタス類(ベビーリーフを除く)栽培については、1000㎡以上の栽培面積の事業者が57%で、直近2年の調査に比較し増加しています。また、平均単収は79kg/㎡でしたが、事業者間の単収のバラツキには大きいものがみられます。
(主な販売先)
太陽光型、人工光型とも、市場外出荷している事業者は90%近くになっています。金額面でも市場外出荷が大勢を占めます。契約栽培の割合を見ると、全体の70%の事業者が8〜10割を契約栽培で出荷しています。
■ 経営状況
黒字・収支均衡の事業者割合は、全体で59%と半数を上回っています。いずれの栽培形態でも、半数以上が黒字又は収支均衡しています。しかし、黒字事業者の割合を見ると、太陽光型が42%と高い一方、併用型・人工光型では黒字事業者割合はそれぞれ17%、18%と少ない実態にあります。
栽培実面積と収支との関係を見ると、規模別では、太陽光型・人工光型を問わず、栽培実面積が大きいほど黒字・収支均衡の割合が高くなる傾向が見られます。また、黒字施設の割合を栽培開始年との関係で見ると、2010年以前から栽培している施設は黒字化割合が43%と高く、赤字割合が33%に対し、2011年以降に栽培開始した施設は、黒字割合が24%にとどまり、赤字割合が46%と半数近くになっています。
【参考】コスト構造(前記実態調査)
全体で最もコスト割合が高い費目は、人件費(33%)であり、太陽光型、併用型、人工光型のいずれも32〜34%を占めています。次いで高いのは、光熱水道費(18%)であり、特に人工光型では20%と高くなっています。
減価償却費は、全体で16%であるものの、人工光型では20%と高い割合を占めています。減価償却費は、栽培年数が10年以上の事業者では大きく低下しますが、人工光型では最近の参入者が多いことを反映していると思われます。
3.植物工場をめぐる課題
植物工場で生産される野菜の販売価格は、植物工場は設備投資や光熱水道費等の生産コストが嵩むため、露地栽培と比較して高くならざるを得ません。このため、事業の安定に向けては、生産性の向上と効率的生産の確保が重要となります。
また、前述のとおり植物工場の経営状況を見ると、栽培開始年別では、栽培経験が浅い事業所では黒字化している施設は少なく、赤字施設が多い状況が見られます。これには、生産の安定化が不十分で収支計画で見込んだ生産量が実現できていないことや、十分な販売先を確保できず施設の能力が低稼働に止まっていることなどが影響していると推測されます。
このようなことから、植物工場経営の改善・安定のためには、次のような課題があります。
① 安定生産・栽培方法の確立
植物工場の技術が発展途上期にあると言われていることに加え、異業種参入の場合には、植物栽培の経験が乏しいことなどから、栽培年数が浅い経営体にとっては、安定生産(特に、温度、湿度等の最適な環境条件の制御等)が難しい状況にあります。
安定生産は、収支計画の土台であり、安定供給、高品質といった工場野菜の有利性、特性を支える要であり、栽培環境情報や作物生育情報の収集・分析等による高度環境制御技術の確立・向上が必須です。
② コスト縮減
植物工場については、初期の設備投資が大きい上に、加えて、人件費、照明、培地、水などのランニングコストが必要となります。原価構成上、人件費、光熱費がそれぞれ三分の一を占めると言われ、これに減価償却費負担が加わります。植物工場野菜には、露地物野菜等にない固有の有利性があるにしても、マーケットやエンドユーザーが許容できる水準には限りがあり、コスト縮減は重要です。
③ 販売先の開拓・確保
大量生産を行う植物工場は、安定した販売先があって生産が成立するものです。販売先のうち、中食事業者・食品加工業者は、安定した品質の野菜の安定調達を重視していて、工場野菜の特性(安定供給)と間に相対的に親和性があると見られるので、露地物との価格差縮減努力を行いつつ、この分野への販売先の確保・拡大を図ることが重要です。小売市場は、露地物との競合市場であることから、鮮度、高い衛生管理等工場野菜の持つ特性の認知度アップや高い機能性等に対応した高付加価値商品の提供等を通じて、販路開拓する努力が重要です。
4.課題解決に向けて
経営を、短期間で軌道に乗せるためには、①「栽培技術(環境制御条件等)の改善」、②「コスト縮減」、③「植物工場野菜の特性、有利性を生かしたマーケティング」などの課題に向けての総合的な経営努力が強く期待されます。
このためには、データ・記録に基づく自己の経営資源の現状分析を行うとともに、必要に応じ、栽培技術や販路などに関する専門家の指導助言を受けることなどの経営努力が必要とされます。また、先行する植物工場での様々な解決実践事例を見聞したりすることは有益なことと思われます。
植物工場の事例集を見ると、①「栽培技術の改善」に関しては、生産上の問題・課題の洗い直し、地道な環境データの収集・植物観察等の経営努力によって環境制御条件等の改善、先進的な施設・設備の導入を図ったものなどが見られます。
次に、②「コスト縮減」では、ロボット技術の導入による各作業の大幅な省力化、作業方法の標準化、作業目標の設定などによる「生産管理改善」の取組事例があります。
また、③「植物工場野菜の特性、有利性を生かしたマーケティング」としては、植物工場の強み(量と質、安定価格、大量安定供給等、下処理の手間いらず、洗浄工程も不要)を活かした販路の開拓・多様化などの取組例が見られます。
国内野菜生産をめぐる状況が厳しさを増しつつある中、植物工場には、ICT等を活用した高度環境制御技術、ロボット技術等関連技術が大きく発展しつつあり、技術と運営が最適に管理されれば、発展の可能性が大きいと考えます。
当該コンテンツは、「一般社団法人 全国農業会議所」の分析に基づき作成されています。