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人事評価の目的
人事評価とは、人事上の決定に必要な従業員の能力、適性、性格、成績等を把握するために行う評定のことで、目的は、昇給・給与の査定、賞与の査定、昇進・昇格の査定、能力開発、適正配置等があげられます。
農業の場合、作目等によって差があるものの、一般的にその多くが協同して行う作業であるため、他産業と比較し個人の仕事の成果や労働の質や量等を客観的に評価することは難しいのが現実です。また、そもそも収穫物の出来不出来が天候等に大きく左右される農業において、何をもって個人の成果とするのかという前提問題もあります。
このように農業においては、その特殊性を考慮しつつ、成果や能力のほか、協調性、態度、熱意といった観点も含め多角的に評価することが、本人のやる気や意欲を引き出すうえで非常に重要です。
人事評価制度の役割
人事評価制度は、人事評価をするためのツールです。「より良い雇用をするために」で述べたように、良い人材の確保・育成には公正な人事評価は必要不可欠です。人事評価には大きく分けて次の2つの役割があると言われています。
従業員のやる気(モチベーション)を創出するツールとしての役割
評価によって処遇を決定し、そのことによって従業員のやる気を引き出します。従業員は、評価され認められることによって、自分の存在意義を確認し、動機づけられます。人事評価の従業員のやる気を創出する役割には、「評価の結果の処遇」と「評価そのもの」の2面性があります。
メッセージツールとしての役割
もうひとつの人事評価の役割は、従業員に対して「会社は、従業員に何を期待しているのか」を伝えるメッセージツールとしての役割です。評価項目を明らかにすることによって、従業員は、会社が自分たちに何を求めているのかを知ることができます。
通信簿評価制度
執筆者は、小さな会社に適した人事考課制度として「通信簿評価制度」を提案しています。この人事考課制度は、農業のように個人の「労働の成果」を客観的に判断することが難しい業種には特に向いている制度です。
例えば、社員数が50人に満たないような小規模の個人経営や農業法人の経営者であれば、従業員一人ひとりの顔や名前はもちろん、性格や日常の仕事内容、成績等まである程度把握できるものです。
通信簿評価制度とは、従業員一人ひとりの日頃の働きを、半年に一度、社長自らが評価し、その結果を通信簿によって、社長自らが従業員に直接通知する制度です。
評価の着眼点は行動規範を参考に
通信簿の評価項目は、成果、熱意、協調性、勤務態度、能力の5つです。各項目についての評価は、具体的には、着眼点で評価することになります。そして、着眼点は、経営理念を基とする「行動規範」を参考に作成しましょう。
行動規範は、「経営理念の実現のために自分たち従業員はどのように行動したらよいか」を従業員が中心となって作成したものですから、行動規範に則って行動することが経営理念に沿っていることになると考えられます。
また、従業員自ら作成した行動規範ですから、「従業員自ら率先して実践することが当然求められる」という観点からも重視すべきでしょう。例えば、行動規範に「ほうれんそう(報告・連絡・相談)を徹底して行う」とあれば、これは「勤務態度」を評価する項目の着眼点と考えられます。
通信簿評価制度を運用する上での注意点
評価の理由は必ず記載する
特に平均を下回る評価(例えば、A、B、C、D、Eの5段階であればDやEの評価)をした場合には、その理由を明確に記載することがとても重要です。与えられた本人にしてみれば「標準以下」の烙印を押されたわけですから、その理由はどうしても気になります。
たとえば、自分では熱意をもって仕事をしているつもりなのに、「熱意」の項目に、理由もなく、ただ単にEの評価をつけられたとしたら当然納得がいかないでしょう。したがって、DやEの評価を与える場合は、はっきりした理由の明示が必ず必要となります。
社長が最終評価を下す
評価を決定するのはあくまでも経営責任者である社長の仕事です。通信簿評価制度のイメージは小学校の担任教師が担当クラスの生徒一人ひとりの通信簿を作成して手交する姿です。従業員の少ない会社であれば、社長がまるで学校の担任教師のように従業員一人ひとりの通信簿を作成することはそれほど大変なことではないでしょう。
ただ、職制は、一般従業員、管理職、役員、代表(経営者)という形の会社が多いでしょうから、一般従業員の評価をする際は、管理職と協議をし、管理職の評価をする際は、取締役会や理事会で協議して決定するという形がむしろ自然でしょう。
陥りやすい傾向を知る
部下を評価する際に陥りやすい評価傾向があります。これは無意識のうちに陥る場合と、意識的に陥る場合とがあります。部下を評価する際、考課者はそれらの傾向や防止策を理解し、誤った評価をしないように注意する必要があります。
評価に対する感想には社長自ら必ず目を通す
通信簿には、従業員自身が記載する「評価感想欄」を用意してください。社長は、従業員が自分の評価に対してどのような感想を持ったのかを知ることが何より重要なのです。
従業員によっては、社長から公正な評価を受けていないという感想をもつ者もいることでしょう。その場合、感想欄に評価の不満を述べるかもしれません。これは従業員とコミュニケーションを深める上ではむしろ喜ばしいことです。社長は、従業員の感想には必ず自ら目を通してください。
通信簿評価制度のメリット
通信簿評価制度は、人事評価制度ですので、その目的は昇給、賞与の査定、昇進・昇格、能力開発、配置転換等、人事管理を行う上での判断材料の提供です。通信簿評価制度特有のメリットとして次にあげる点がとくに顕著です。
労使のコミュニケーションツール
評価制度は、従業員のやる気を創出するツールであることは前に述べました。ところが、多くの場合、人事評価の作業は、年度末に片付けなくてはならない年中行事になってしまっており、「やる気を創出するツール」になっていないのが現状です。
従業員は、「評価され認められることによって、自分の存在意義を確認し、動機づけられる」ものですから、たまに社長に直接声をかけてもらったり、褒められたりすれば、仕事に張り合いが出るというものです。
通信簿評価制度では、従業員は半年に一度社長から通信簿という形で評価を受けることになるので、その都度自分の存在意義を認知し、動機づけられることになります。
また、「評価感想欄」に書かれた従業員による評価に対する感想は、「評価に対する反論の機会が与えられている」という意味があり、実はこれが非常に重要なポイントです。社長は従業員の感想の内容によっては、従業員と直接話し合いを持つことが必要となる場合も生じるでしょう。
社長の評価がいつも適当で理にかなっているとも限りません。評価に納得がいかず、「社長は誤解している」と訴える従業員もいるかもしれません。このような場合、社長と従業員が直接話し合うことによって二人の間の誤解の溝を埋めることができるかもしれません。このように通信簿は社長と従業員のコミュニケーションのツールになります。
実施が容易
多くの会社やコンサルタント会社がより「完成された」人事考課制度の作成にたゆまぬ努力を続けています。現在、人事考課制度の主流となっているのは目標管理制度ですが、多くの会社で、その制度としての実態は形骸化しており「機能していない」といわれています。
目標管理制度の欠点はいろいろありますが、第一に制度の運営それ自体が従業員に対して大きな労力を強いるという点があげられます。目標の策定の段階で十分な時間をかけて検討することができないから、目標設定が慢性化・形式化し、評価も慢性化・形式化し、そして制度自体が形骸化するというわけです。
その点、通信簿評価制度は、労使双方に無理な負担を強いることがなく容易に実行することができる評価制度です。特に従業員に対しては、基本的に日常の業務さえ行っていれば制度の運営にかかる労力というものはほとんどありません。管理ツールもほとんど必要としません。
日常の勤務態度等を知る客観的資料となる
解雇に関しては、最高裁の判例で「解雇権濫用法理」が確立していましたが、労使当事者間に十分周知されていない状況にあったため、平成16年1月に労働基準法が改正され、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」ことになりました。(労働契約法が平成20年3月に施行したことに伴い同法の16条に移管されました。)
これは、例えば会社が、従業員のAさんを「遅刻が多い。また上司の命令を聞かず、勤務態度も非常に悪い。その都度注意をしたり指導してきたが改善の見込みがない」という理由で解雇したとします。このとき、Aさんが「不当解雇で到底納得できない」と解雇を承諾しない場合は、この解雇が「客観的に合理的な理由があるか」「社会通念上相当であるか」問われるということです。
具体的には、会社はAさんの「遅刻が多い」ことや「上司の命令を聞かず、勤務態度が非常に悪い」こと「その都度注意をし、指導や教育をしたが改善の見込みのない」こと等を客観的に証明する裏づけ資料が必要になります。
仮にAさんの通信簿の「勤務態度」「協調性」等の欄に勤務態度が非常に悪いことが書かれてあり、評価も低く、かつAさんも感想欄でそれを認めているような場合にはAさんの「勤務態度が非常に悪い」ことを証明するひとつの資料になります。
このように通信簿は、従業員の日常の成績、勤務態度、能力等を知ることができる貴重な客観的資料になります。
当該コンテンツは、「キリン社会保険労務士事務所」の分析・調査に基づき作成されております。