一般社団法人 全国農業会議所
新規就農相談センター相談員
五十嵐 建夫
前回までは非農家出身者の就農地や作物の選び方について、これまでの相談内容やアンケート調査結果を踏まえて説明しました。また、市町村やJAによる新規就農支援の事例も紹介しました。
今回は、作物栽培における「ミスをリカバーする技術」の重要性と、世界的なカーボンニュートラルの潮流の中で注目される最も技術が必要な栽培方法「有機栽培」について、新規就農の観点から、これまでの相談も踏まえながら説明します。
作物栽培にミスはつきもの、リカバーする技術を常に「学ぶ」
長年にわたって農業を続けてきた農家にとっても栽培技術については、常に「学ぶ」という姿勢で取り組んでいる方が多くおられます。例えば、予期しない気象条件が続く日々にあって作物の生育が良くない状況になった場合、どのようにリカバーしていくか、ということが課題になります。
一般的にはこれまで記録してきた営農日誌など見て、その年と同じような気候や生育状況の際にどのような対応を行ってきたかを確認して、最終的なリカバーのための栽培方法を決定したりします。このリカバーは、決して順調に生育していない作物をどの程度まで戻すことができるか、というものです。
新規就農者の就農を前提にした研修では、作物を初めて本格的に自分だけで栽培を始めるわけですからミスがあるのは当然です。自らのミスによって作物が思うように生育できなかった場合でもあまり落ち込まないことが大事です。
それよりも「学ぶ」という姿勢のもと、どうリカバーするか、リカバーする技術をどう身に着けていくか、が重要となります。事実、各地で行われている2年研修では、人はミスをすることを前提に、リカバーをどうするか、さらには、リカバーしやすい作物は何か、という観点で作物を選定する場合もあります。
就農相談者には、農業経営は農地を借りて(買って)、土を起こし、整地し、畝を作り、種を蒔くか苗を定植し、生育管理をして、収穫し、販売して、代金回収に至る、まできちっと決めて完結になることを説明します。
この一連の取り組みの中で「生育に失敗すること」はマイナス要因として作用しますが、これをリカバー、挽回する技術がいかに重要であるか、ということを踏まえて研修の必要性を説明しています。
最も技術が必要な栽培方法「有機栽培」
かつて「新規就農と言えば有機栽培、無農薬栽培の志望者が多い」と言われた時期が長くありました。新規就農相談者のうち、20〜30代の方の多くがこうした傾向にありました。
現在でもその傾向はあるものの全体からすると少し減ってきているような感じがあります。
今から十数年前のことですが、テレビのバラエティー番組で都会育ちの非農家出身の若者が「無農薬栽培に挑戦」する番組が人気だった頃、無農薬のため雑草は手で取るのですが、取っても取ってもすぐに生えてくる雑草に無農薬栽培の困難さが画面から伝わってきました。
こうしたことが視聴者に影響したとは言えませんが、有機・無農薬栽培は最も技術が必要な栽培方法です。
全国にはあらゆる作物で有機・無農薬栽培の技術を確立された農家もおられます。ただし、その技術確立までの期間は数十年にも至る試行錯誤とたゆまぬ努力によって習得された技術である場合が多い状況です。
前回のコラムでも有機栽培を目指すのであれば、地域で有機栽培に取り組んでいるところで研修や就農を検討されるのが良いと説明しました。このことの趣旨は、例えば一定の農薬などを使用している通常の栽培方法を行っている地域で有機栽培は困難だということです。
前述したとおり技術が確立していない有機栽培は一見すると管理が行き届いていない圃場での「荒らし作り」のように写ります。雑草や害虫などの発生も想定され、隣接する農家としては正直「困ったものだ」ということもしばしばです。
このため作物を決めて有機栽培をやりたいのであれば、地域として取り組んでいるところでの研修や就農をお勧めします。
世界的な潮流「カーボンニュートラル」における「有機栽培」の位置づけ
一方で有機農業は地球規模のカーボンニュートラルの取り組み強化から具体的な内容が公表されています。
例えば、欧州委員会は2020年5月に公平で健康な環境配慮型の食料システムを目指す「農場から食卓まで戦略」を公表していますが、この戦略は前年の2019年12月に公表した「欧州グリーンディール(気候変動対策)」の中核をなすものとして位置づけられています。具体的な2030年までの政策目標は以下の4つ。
① 化学農薬の使用とリスクを50%削減
② 有毒性の高い農薬の使用を50%削減
③ 肥料使用料を最低20%削減
④ 全農地の25%を有機農業とするための開発を促進
農業というと「自然に囲まれて環境にやさしい」と誤解している人が未だに少なからずおられますが、農業、農産物の生産活動は自然環境に一定の負荷をかけて成り立っているものです。
これらの負荷を軽減するとともに、いわゆるクライメイトニュートラルやカーボンニュートラルなど、CO2排出ゼロ社会を目指す戦略がEUを皮切りに世界の潮流となっています。このことは当該国のみならずEU域内に輸入される食料にも適用されることになっています。
日本においても今年になって「みどりの食料システム戦略」が策定され、今後は同戦略に基づいた法律・制度が整備される予定となっています。
その中核となるのが、有機農業・有機栽培となっています。新規就農希望者もこうした時代の流れを感じつつ、作物・地域・技術(研修)について検討していくことが重要となってきます。
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