前編では、産地消滅の危機感を背景に“外部からの人材確保”へと舵を切った、茨城県筑西地域の挑戦を追いました。
そして後編では、その地域の先駆者であり、農業経営士としても活躍するマッサン・F代表の藤田益弘(ふじた・ますひろ)氏にフォーカス。彼の農園には今、首都圏から農業で生きていくと覚悟を決めた若者が集い、活気に満ちています。
しかし、そこに行き着くまでには、誰もが羨む順風満帆なストーリーはありませんでした。藤田氏が赤裸々に語ったその経験談から、人材確保における一つの答えに迫っていきます。
前編はこちら>>家族経営では限界…産地消滅の危機から始まった筑西地域の挑戦
失敗から学んだ、人を使う覚悟。50点でよしとする割り切りの哲学
「なぜ言った通りにできないんだ」「自分ならもっと早くできるのに」
人を雇った経営者の多くが、一度はこんな苛立ちを覚えたことがあるのではないでしょうか。
自分と同じレベルを相手に求めてしまい、そのギャップに苦しむ。藤田氏もまた、その壁に長年向き合ってきました。その覚悟の原点は、10年以上も雇用し続けた60代男性2人との日々にあります。
期待値を極限まで下げる、という気持ちの転換
「正直に言うと、一般企業ではとても勤まらないような2人でした。無断欠勤は当たり前。夏場でも1週間に一度しかお風呂に入らないような人もいましたね」と、藤田氏は、苦笑いを浮かべながら当時を振り返ります。
普通なら、早々に見切りをつけてもおかしくない状況。しかし両親が高齢になり、どうしても人手が必要だった藤田氏は、ある一つの割り切りに至ります。それが、相手への期待値を極限まで下げる、という気持ちの転換でした。
「この2人は、どんなに仕事を教えても50点か60点しか取れない。それ以上を望むのはやめよう、と決めたんです。だって望んでしまうと自分がイライラするだけですから。完璧を求めることを、まず自分自身が諦める。『仕事ができなくて当たり前』という前提に立った時、初めて彼らの価値が見えてきた」と、藤田氏は話します。
確かに70歳を超えた父親の方が仕事はできるかもしれない。しかし、体力では男性たちに分がある。細かい作業は任せられなくても、そこにいてくれるだけで助かる場面は確実にあったのです。
自分自身の心の持ちようを変える覚悟
藤田氏の「望まないようにしよう」の一言は、単なる諦めではありません。相手を変えようとするのではなく、まず自分自身の心の持ちようを変える。相手のできないことではなく、できることに目を向ける。藤田氏が10年以上の歳月をかけて体得したこの覚悟こそ、人を使い、組織を動かす上で重要な“器”になっています。
この経験があったからこそ藤田氏は「どんな人が来てもきっと大丈夫だ」、という揺るぎない自信を手に入れました。人を雇う前にまず問われるべきは、経営者自身の覚悟なのかもしれません。
原石を見抜く入り口の選別。覚悟を見極める2つの実践法
「どんな人が来ても大丈夫だ」という度量を身につけた藤田氏。しかしそれは、誰でもいいという意味ではありません。むしろこれまでの経験により、彼は人を迎え入れる“入り口”の重要性を誰よりも痛感していました。
「今いる若い子たちの前に、やっぱり続かなかった子が2人ほどいましたね。最初の頃はとにかく来てくれればいいな、と思っていましたから」。そう藤田氏は、過去の失敗を率直に語ります。
それから藤田氏は考えを改め、スキルや経験、あるいは立派な経営計画書よりも「農業で食っていくんだ」という、就農希望者の覚悟の見極めに徹するようになります。
「特に都会から来る子たちの覚悟は、時に農家の息子以上に強いかもしれません」と、藤田氏。
彼らの多くは、「サラリーマンをやってるお父さんの姿を見て、自分は違った道を歩みたい」という強い想いを抱いて、退路を断ってやってきます。今更都会に帰っても、自分の居場所はない。その切実さが、彼らを農業に真摯に向き合わせるのです。
ではその見えない覚悟を、どうやって見極めるのか。藤田氏は実践法を2つ教えてくれました。
一つ目:あえて“一番大変な仕事”をさせる
楽な作業から教えるのではなく、厳しい仕事を経験してもらい、それでも心が折れないかどうかを見ます。実際に今の従業員である千葉さんは、農大の仲間たちとバイトに来た際、他の学生がギブアップする中で、ただ一人最後までやり遂げたといいます。
二つ目:“研修”ではなく“バイト”で試す
「研修はどこまでいってもお客さんなんです。でも、バイトはお互いにギャランティが発生する。本気さがまったく違いますよ」と、藤田氏。
お金という対価が発生する場でこそ、その人の働きぶりや責任感、そして農業で生活するということへの本気度が見えてくると、藤田氏は断言します。
人を育てるには時間がかかります。だからこそ、その前の“入り口”の段階で、揺るぎない覚悟を持った原石を見極めること。それがその後のミスマッチを防ぎ、お互いにとって不幸な結果を招かないための、防御策となるのです。
人を活かすには自分を変える。100点の農業を捨てる勇気
覚悟ある人材を見抜き、迎え入れる。しかしどれだけ優秀な原石であっても、受け入れる側の土壌が固ければ、その才能は根を張ることなく枯れてしまうでしょう。そのような悲劇を防ぐため、藤田氏がたどり着いたのは、経営者自身が変わるという新境地でした。
作業の簡素化。100点満点を捨てる
「農家自身も人を使う時には、自分の今までの経営や作付けを見直す必要があると思っています」と、藤田氏は語ります。
その原点にあるのは、先に述べた60代男性2人との経験でした。
「この人たちには、自分の完璧な100点のやり方を教えても理解できない」。そう考え抜いた末に藤田氏が取った行動は、教え方を変えるのではなく、作業そのものを“誰でもできる80点のやり方”へと簡素化することでした。
例えばスイカ作りも、専門誌に載っているような理想的な栽培法ではなく、なるべく手間をかけずに80点の品質と収量を確保できる方法を採用する。この“誰でもできる仕組み”があったからこそ、後に入ってきた若い人材もスムーズに仕事を覚え、早期に戦力となることができました。
自主性の尊重。自分の仕事だと任せる
「自分が親にされて嫌だったことは、彼らにはしないようにしています」と語る藤田氏が徹底しているのは、仕事を細かく管理するのではなく、大胆に任せること。
「自分の仕事だと思え」「俺がいなくても何とかしろ」と伝え、どの作業から手をつけるかなど、段取りの多くを彼らの自主性に委ねています。もちろん、時には失敗もあるでしょう。しかし、自分で考えて動く経験こそが、人を本当の意味で成長させ、やらされ仕事を自分ごとへと変えていくのです。
“いい塩梅”という価値観
藤田氏は、「農業は、きっちりやろうとしても、雨が降れば仕事はできない。あまりにも外部からの影響が多すぎるんです。だから可もなく不可もなく『いい塩梅』でやれればいいんじゃないかと。それが農業のスタートだと思います」と、藤田氏は語ります。
完璧を求めすぎない。この“いい塩梅”という価値観が、自然という不確実なものを相手にする農業において、経営者と従業員双方の心の余裕を生み、長く働き続けられる環境の土台となっているのです。
「来る側の気持ちを、どれだけ考えられるか」。結局のところ、人材定着の鍵は小手先のテクニックではありません。自分のやり方に固執せず、相手の目線に立って自分自身を変えていく。その勇気こそが人を活かし、経営を未来へとつむぐ唯一の道なのかもしれません。
目指すは“生活できる農家”。未来を創る新たな担い手の育て方
藤田氏が目指すゴールは、メディアに登場するような巨大なカリスマ農家ではありません。「ちゃんと家庭を持って、子供に教育を受けさせられる。そんな『生活できる農家』でいいんですよ。それがゴールなんです」と、藤田氏。
彼はそのゴールを、自分一人のものではなく、次世代につなごうとしています。後継者のいない自らの農園を、都会から来た2人の若者にそっくりそのまま引き継がせる「第三者継承」という未来を見据えているのです。
ここ数年で進めてきたハウスの増設やトラクターの購入は、目先の利益のためではなく、彼らが未来に困らないようにするための、惜しみない“投資”に他なりません。
そして最後に、藤田氏は日本の農業全体に向けて、力強い提言を語ってくれました。
「これまでの担い手確保は、来るのを待っていた。でも、もうそれでは無理です。これからは手土産を持って、こちらから迎えに行かなければならない」と。
首都圏には、農業をやりたいという覚悟ある若者が眠っている。そんな彼らを農業界全体で引き込む仕組みを作ることこそ、日本の農業の未来を切り拓く鍵だと、藤田氏は信じています。
「期待値を下げ、覚悟を見抜き、そして自分を変える」。
藤田氏の話から見えてきたのは、人材確保という枠を超えた、あらゆる組織運営に通じる普遍的な真理でした。彼の物語は、人手不足に悩む農業経営者にとって、気づきがあり、次の行動へと掻き立ててくれる力となるでしょう。
当該コンテンツは、担当コンサルタントの分析・調査に基づき作成されています。
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