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基礎知識「販路開拓の考え方_WEBの活用編」
ECをもっと活用しよう(前編)はこちら
前半では、農産物のECの分類と特徴について説明しました。後半では生産者の経営視点でのECと、活用に向けた考え方について考えていきましょう。
生産者視点から見た農産物EC
生産者視点からECを考える場合、農業生産者の経営の方向性によって、そのとらえ方が変わってきます。生産者の視点から、青果物ECについて考えてみましょう。
① 質的な需給マッチングができるチャネル
農産物のECは、自社の農産物を差別化し、ブランディングをして販売するような高付加価値型の農業を目指す生産者にとっては非常に有用なチャネルです。
日本の農業の特徴の一つに、大規模な生産経営体が少なく、小規模な生産者や産地が分散して存在していることがあげられます。その結果、農産物を集約して取引するための場として、卸売市場が発達しました。市場で取引を行う場合、農産物等を大きさ(S〜Lサイズなど)や見た目の綺麗さ(秀・優・良など)などから「規格」という一定の基準で評価・分類して管理します。しかし、この規格の限界として、同じ基準で生産物を評価してしまうことにより、生産者のこだわりや、買い手の個別のニーズを考慮することが難しい点があげられます。例えば、こだわった肥料や堆肥を使って生産していたとしても、同じ品目、大きさ、見た目であれば、多くの場合、他の生産者のものと同じ価格の評価になってしまいます。卸売市場は、量のマッチングには優れた仕組みですが、質のマッチングには弱いのです。
一方で、ECは質のマッチングに向いた仕組みであるといえます。オンライン上であれば少量多品目であっても売場(WEBページ)に多くの商品を低コストに掲載でき、かつそれを顧客は簡単に検索して購入することができます。さらに購入した内容は瞬時に受注データとして取り扱うことができます。
さらに、ECの場合、日本全国、あるいは世界に対して商品を展開して販売することが可能です。リアル店舗の場合、その店舗に来店した消費者のみが購入者候補となりますが、ECの場合はWEBで商品にアクセスできるため、物理的なエリアに縛られず、商品を販売することができます。これもニッチなニーズを持つ農産物や、高付加価値な農産物の販売チャネルとして有効性を持つ特徴です。例えば、100人に1人程度のニーズがある商品の場合、実店舗においては来店客の1%くらいしか購入しないでしょうが、ECの場合はニーズを持つ人が地域に関係なく、検索し、WEBサイトを見て購入する可能性があります。有機農産物などは、この意味でECと相性が良いといえるでしょう。少量多品目な生産、高付加価値な農産物生産を行う生産者にとってECは重要なチャネルの1つです。例えば、オイシックスや坂ノ途中は、独自の品質管理基準を設け、それを消費者に公開することで付加価値を訴求し、スーパー等で購入できる青果物と差別化を行っています。
② 物流と販路ミックス
生産者視点でECを見る場合、物流を無視することはできません。産直型EC、モール型EC、自社ECの場合、BtoBであってもBtoCであっても、生産者は注文のあった顧客への出荷を自ら行う必要があります。特にBtoCの場合は相手が消費者であるため、1件あたりの出荷量が少なく、件数が多い出荷であり、小口のピッキング、梱包と伝票作成などへの対応が必要となります。生産者としては、ルーティーンとして、「収穫し、小口出荷を行っていくことができるかどうか」がECをどの程度、メインのチャネルとして利用していけるかのポイントとなるでしょう。なお、仕入れ型ECの場合は、EC運営企業からの発注に対して、まとめて納品する形態になるため、出荷1件あたりの出荷量が多く、件数が少ない出荷となります。
小口出荷への対応は、生産者の規模の大小ではなく、農業経営のスタイルによって可否が決まってきます。単一品目で大規模な農業経営を行う場合や、生産に特化したいと考える場合は、小口出荷は非常に手間のかかる作業であり、対応するコストを考えると実施しない生産者も少なくありません。一方で、同じ大規模経営であっても、販売を強化していく場合、あるいは自社ECをメインチャネルとする場合などは、専用に人員を割り振り、小口出荷を積極的に行うことになるでしょう。
規模の比較的小さい生産者の場合も、少ない収量でも大きな利益を上げていくことを考え、単価の取れるECに力を入れる生産者もいれば、面倒な小口出荷に少ない人員で対応することを回避する生産者もいます。農業経営のスタイルによって、出荷にかけられる作業工数が大きく変わってくるのです。
こうした出荷への対応も含めて、生産者にとってECは販売チャネルの一つであり、他の販売チャネルと合わせて、販売戦略の中での位置づけを考えていくべきものだと言えます。生産者としては、自分が生産した農産物について、どのチャネルに、どれくらいの量を出していくのか、リスクと収益の面から考える「販路ミックス」の中で、ECの活用を考える必要があります。例えば、桃の生産者が、小口出荷にすべて対応することは難しくても、できた桃のうち高価格で販売できる上位10%に限定して、ギフトとしてECで受注販売することなどが考えられます。そして、販路ミックスとして、残りの90%のうち40%は地元のスーパーと契約販売し、20%は農産物直売所に出荷、30%は卸売市場に出荷という形で組み立てていくと、小口で梱包して出荷する必要があるのは、高く売れる上位10%の桃だけということになります。
このように、ECを販路の一つとしてうまく販売戦略に組み込んでいくことが、生産者にとっては重要だと言えます。
③ 消費者とのコミュニケーションが行えるチャネル
生産者にとってのECとしては、消費者とコミュニケーションをとることができる点が重要です。モール型EC、自社ECでは、直接消費者からの問い合わせを受けることができるうえに、商品ごとにレビューもらうこともできます。多くの産直型ECサイトでは、出品者である生産者と消費者の対話機能(掲示板機能)を実装しており、生産者は消費者の生の声を聞くことが出来ます。
また、広告媒体としてSNSやインターネット広告などを活用する場合、最終的な誘導先はURLでアクセスできるWEBサイトになりますが、そこで直接購買を促す場合はECが必要となるでしょう。
今までの既存の農産物流通の仕組みは、生産者、卸売市場、仲卸業者、小売業と多くの事業者を経て、消費者に農産物が届くものでした。流通構造が多段階であるために、最終消費者と生産者が直接コミュニケーションをとることが難しく、それが生産者のマーケット・イン(=消費者ニーズをとらえたものづくり)を阻害してきたのです。ECは、インターネットを介すことで、生産者と消費者のコミュニケーションを容易にとることができるチャネルであり、生産者が消費者のニーズを知ることにも使える販路であるといえます。
経営視点で、利用するECをどう選ぶか?
生産者の規模別、戦略思考別に考えることができるEC分類の利用の方向性について図表1に整理しました。
産直型ECは、月額の固定費などが発生しないこと、自社でWEBサイトを作りこまなくても良いことから、出品することが容易なECチャネルです。そのため、新規就農者や規模の小さい家族経営の生産者も直売所感覚で取り組むことができます。ECに取り組むエントリーとして活用できるものと言えるでしょう。
モール型ECは、集客が出来れば売りやすいものを販売する場合、ECをメインの販売チャネルにしていこうとする場合に、相性の良い方式です。商品としては日常使いの青果物というよりは、果物やギフトなどの「お取り寄せ」色の強いものが向いています。例えば、果樹生産者がECで売り上げのほとんどを作っていこうと考える場合は、最初から多くの集客が見込めるモール型ECに取り組むことが効果的でしょう。産直型ECのポケットマルシェの消費者ユーザー数は23万人以上(※i)ですが、楽天のユーザー数は5,104万人(※ⅱ)とされており、モール型ECの方が集客力が高いです。農産物に特化したECよりも、家電から本、文具、家具、加工食品までを取り扱うモール型ECの方がユーザー数は多いのです。ただし、産直型ECに登録するユーザーは生鮮食品へのこだわりが強い(わざわざ登録して購入しようとする)と考えられますが、モール型ECのユーザーは、いわゆる一般の消費者です(生鮮食品以外を買うためにモールに登録しているため)。そのため、季節性のあるものや、お取り寄せ色が強く、「誰でも買う可能性がある」農産物の販売にモール型ECは向いています。
モール型ECで自社の顧客を増やし、ファンを多く作ることが出来れば、その顧客をベースに自社ECサイトを立ち上げることも可能になるでしょう。ECをメインの販売チャネルとして収益をあげていくことを考える場合、最終的には自社ECの運用が効果的です。自社で自由にWEBサイトを変更することができますし、顧客とのコミュニケーションやネットワーク構築も独自に実施できるためです。メインとなるチャネルの意思決定権を自分が握れることは経営上、大きな意味を持ちます。
一方、農業経営としてEC販売のWEB構築や出品、梱包出荷などに多大な工数をかけたくはないが、チャネルとしてのECの伸びに対して、しっかりと対応したいと考える場合は、仕入れ型ECとの取引が効果的です。個別の消費者への出荷対応などは不要で、仕入れ型EC運営企業とある程度の規模で取引できるためです。
図表1 生産者と利用ECのイメージ
生産者としては、自分たちの経営計画や販売戦略に合わせて、利用するECを選択していくことが重要です。コロナ禍で大きく伸長した農産物のECですが、人は1度、便利なものを経験すると、その前には戻りません。そのため、コロナ禍で初めてECで農産物を購入した消費者の多くは、コロナ禍が終息したのちも農産物をECで購入していくと考えられます。今後のメタバースなども話題に上る中、マーケットとしてのECは今後も伸長していくでしょう。自社の経営や商品戦略にあわせて、上手な活用を考えていきたいところです。
(※ⅰ)プレスリリースより https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000031.000046526.html
(※ⅱ)ニールセン デジタル株式会社 プレスリリース(https://www.netratings.co.jp/news_release/2022/02/Newsrelease20220225.html)
当該コンテンツは、公益財団法人 流通経済研究所 農業・環境・地域部門 折笠主席研究員の分析に基づき作成されています。